directed-by-vcube

2010年の経営破綻からV字回復を果たした日本航空。その背景にあったさまざまな改革の一つが、「従業員のワークスタイル変革」です。2014年からテレワークを含む働き方改革に取り組み、その成果は生産性向上、時間外・休日労働時間の減少、育児休職明け復職率の増加など、さまざまな形で実を結びつつあります。

その取り組みの特徴は「小さく始め、大きく育てる」こと。最初は利用制限を設けたトライアルからスタートし、試行錯誤を繰り返しながら少しずつ制度の枠を広げていきました。それにより、日本航空に最適化された、真に価値のあるテレワークの制度が醸成されていったといいます。

その取り組みについて、日本航空人財戦略部ワークスタイル変革推進グループの東原祥匡アシスタントマネジャーに伺いました。

トライ&エラーの積み重ねで、会社に最適化したテレワーク制度を作る。日本航空のワークスタイル変革
東原祥匡氏

対象者の過半数がテレワークを利用

 

―― はじめに、現在のテレワークの運用ルールや利用状況を教えていただけますか?

 

東原氏:パイロットや接客部門などを除く間接業務を行うスタッフを対象に、1人あたり週2回までテレワークができるようになっています。2014年の制度開始から日本航空単体で累計約5700件、グループ会社も併せると約1万3000件の利用がありました。なお、2017年は対象者の約3割が、2018年の上半期では5割以上が利用するなど、年々増えている状況ですね。

 

対象者の過半数がテレワークを利用

 

―― 在宅勤務だけでなく、カフェなどでのテレワークもOKにしているそうですね。

 

東原氏:万が一に備え、遠隔でデータを全消去できる仕組みも構築しているので、パソコンに覗き見防止のシートを貼ること、作業をする席の後ろが壁になっていることなど、いくつかの条件を満たせば自宅以外での業務もOKにしています。あとは、労働時間管理のため始業と終業を上長に報告すること、その日の業務の進捗状況を伝えるのもルールですね。こうした運用上のルールは、2014年にテレワークを試験導入した時から幾度ものトライ&エラーを重ね、少しずつ整えていったものです。

 

―― そもそも、テレワークを導入した背景や狙いは何だったのでしょうか?

 

東原氏:JALグループでは2011年以降にダイバーシティ&インクルージョンに関するトップコミットメントを発信しています。経営戦略としての「ダイバーシティ宣言」を発し、ダイバーシティ経営のリーディングカンパニーを目指してきました。そのための施策の一つが、テレワークです。当初は主に育児中の従業員の利用を想定した在宅勤務制度としてスタートしましたが、現在では理由を問わず、多くの社員が利用しています。

 

また、2015年からは「ワークスタイル変革」を掲げ、時間外・休日労働時間をゼロにするという目標を打ち出しています。育児や介護をしている人だけでなく、みんなが定時で帰れる環境をつくっていこうと。

 

―― ライフイベントを抱えている人もそうでない人も、時間の価値は平等であるという考え方ですね。

 

東原氏:はい。ライフイベントを現在抱えていない社員でも、そのような環境がつくれることで不公平感がなくなり、育児や介護にあたる人も気兼ねなくテレワークを利用したり、定時で帰ることができます。今は定時で帰るのが当たり前になっているので、育児休職明けの女性従業員の復職率も上がっています。業務企画職(総合職)では、ほぼ100%ですね。

 

最近では育児休職中もリモートで会社の情報を取得できるようにするなど、ブランクによるギャップをなるべく生じさせないような試みも実施しています。子どもが生まれたあとも長く働いていきたい会社、あるいは辞めた後もこの会社で働いてよかったと感じられる会社になりつつあるのかなと思います。

 

対象者の過半数がテレワークを利用

地道な試行錯誤を繰り返すことでしか、制度の最適解は見つからない

―― 2014年にテレワークのトライアルを開始してから、少しずつトライ&エラーを繰り返してきたとのことですが、どのように変化していったのでしょうか?

 

東原氏:当初はテレワークを行う日の2週間前に紙で申請を行う必要があるなど、あまり使い勝手がよくない制度でした。それでもポツポツと利用はありましたが、2週間前の申請だと、例えば子どもが急に熱を出した時などは対応できません。

 

ただし、いきなり広げ過ぎると運用やセキュリティの面で支障をきたす可能性もあるため、トライアルで問題なく回せるメドが立ってから、少しずつ緩和していきました。翌年にはメールでの申請を、その翌年には前日申請をOKにするなど、本当に一歩ずつという感じですね。“自宅縛り”を撤廃し、カフェなどでのテレワークを許可したのも2016年からです。

 

―― 少しずつですが、着実に前進していますね。利用を促すための取り組みなどもされていますか?

 

東原氏:例えば2016年ごろからは、ひとつの組織全員が出社しない日を作るといった試みも始めています。テレワークの啓蒙や訓練も兼ねて、まずはやってみましょうと。それでうまく仕事が回ることが分かったら、次は2つ、3つの組織にまとめてテレワークしてもらうといった具合で広げていますね。

 

―― かなり手探りというか、慎重に、慎重に広げている印象です。

 

東原氏:一気にどーんと広げられれば楽なのですが、本当にできるのか見定めるためにも、トライアルを繰り返して少しずつ緩和していくことが重要だと考えています。それにより、本当に日本航空に最適化されたテレワークの制度が醸成されていくのではないでしょうか。

 

今はどの企業もワークスタイル変革に取り組まれていますが、日本航空がうまくいったからといって、そのやり方をそのまま他社がなぞっても、おそらく機能しないのではないかと思います。軸になる考え方は同じでも、社員構成や社員が求めるものが違えば制度の在り方も、浸透の方法も変える必要があるでしょうから。

 

地道な試行錯誤を繰り返すことでしか、制度の最適解は見つからない

「テレワーク」×「ワーケーション」で生産性向上&余暇も充実

―― 日々の業務において、テレワークの利点はありますか?

 

東原氏:仕事にメリハリを作れることだと思います。例えば、集中して資料作りをしたいので、明日は在宅勤務にします、といったこともできるわけです。メンバーと対面する機会は減りますが、そのぶん顔を合わせた時の会話の精度が上がるかもしれません。貴重な対面の機会に、質の高い情報交換や打ち合わせをしておこうという意識が芽生えるのではないでしょうか。また、上長も部下がその場にいないからこそ、進捗管理やマネジメントも意識的に行うようになるはずです。

 

そもそもテレワークをする前提として「仕事の生産性を担保すること」を掲げているのですが、実際に生産性や業務の質は上がっていると実感できます。

 

―― 生産性の向上だけでなく、残業時間も減っているとか。

 

東原氏:時間外・休日労働時間の月間平均は2016年の12.1時間から、2017年は7.9時間に減少しました。当初の目的の残業ゼロまでは至っていませんが、年々減り続けています。テレワークだけが要因ではありませんが、テレワークを含むワークスタイル変革の取り組みが、実を結び始めているのだと思います。

 

例えば午前中は在宅勤務をして午後の会議にだけ出社して参加したり、出先から直帰してそのまま在宅で仕事をしたりと、働き方のバリエーションが豊富になったことで、時間を有効に使えているのではないでしょうか。

 

―― 2017年にはテレワークに加え、「ワーケーション」も導入されています。こちらはどんな制度なのでしょうか?

 

東原氏:ワーケーションにはさまざまな定義がありますが、弊社の場合は「休暇中の旅行先での仕事を勤務時間として認める」というものです。休暇を取得した後で、どうしても外せない仕事が入ってしまうことってありますよね。そこで旅行をキャンセルしたり休暇を減らすのではなく、必要な時間だけ仕事に充てて、それ以外は予定通りバカンスを楽しんでもらうための制度です。

 

―― 長期の海外旅行などの予定も、事前に立てやすくなりますよね。

 

東原氏:そうですね。これまでは直前まで仕事の予定が分からず、旅行の予約をためらうといったケースもあったと思います。しかし、ワーケーションの制度があれば、まず休暇ありきで考えられます。じつは私自身もよく利用していて、昨年はゴールデンウィークにシンガポールを旅行したのですが、どうしても外せない業務があったため、ワーケーションを利用して現地のカフェで少しだけ仕事をしました。

 

他にも、例えば帰省の際に、これまでは1泊しかできなかったところをワーケーションを利用することで長く滞在できるようになったというケースもあるようです。両親に子どもを預け、久しぶりに夫婦でゆっくり過ごす時間を持てたなんて声も上がっています。あとは、前から関心があった社会貢献活動にチャレンジできるようになったなど、想像以上に得られるものは大きいようですね。

 

―― 現時点でどれくらいの人が「ワーケーション」を利用しているのでしょうか?

 

東原氏:昨年度は利用者が約150人となりました。半数以上が夏季休暇中の取得となっております。導入当初は、制度が十分に浸透しておらず、中には「休日にも働かせるのか」と誤解している人もいたようです。

 

そうではなく、これは選択肢の一つであり、休暇を諦めないための制度なのだと理解していただく必要があります。そのために、希望者を集めてミニワークショップを開いたり、夏期休暇のタイミングで本社やグループ会社のキーパーソンに制度を案内したりといった啓蒙活動を続けているところですね。

 

―― 影響力のある人が率先して取り組んでくれれば、宣伝効果も高いと。2017年には本社の取締役が、知床滞在中にワーケーションを利用したそうですね。

 

東原氏:実際にワーケーションを取得し、天王洲の本社と知床をつないで、テレビ会議に参加してもらいました。2018年にも福岡で実施しています。すごく景色のよい場所でもありましたので、窓側に座って会議に参加してもらいました。実際、良いアピールになったと思います。やはり重役クラスがやってくれると、利用したいという声も増えるんですよね。社内からの問い合わせは多いですよ。

 

―― では最後に、現状の課題と今後のビジョンをお聞かせください。

 

東原氏:現状はまだ、テレワークやワーケーションを会社の福利厚生だったり、ただの「ツール」として捉えている従業員が多いように感じます。そうではなく、自分自身の選択肢を広げるための新しい「働き方」なんだと気づいてもらう必要がある。社内のテレワーク利用者が過半数を超え、マイノリティからマジョリティに変わりつつあるこのタイミングで、さらに啓蒙してきたいですね。

 

今はライフイベントを抱えていなくても、ゆくゆくは育児や介護でこれまで通りに働けなくなるかもしれない。もしかしたら働き方という観点で、また新たな課題を数年後、抱えているかもしれません。その時を見据え、今のうちからテレワークを含む多様な働き方に慣れておかないと、組織も個人もどんどん時代に乗り遅れてしまうのではないでしょうか。

 

「テレワーク」×「ワーケーション」で生産性向上&余暇も充実

 

取材協力 日本航空

取材・執筆:榎並紀行(やじろべえ)

写真:南方 篤

企画・編集:はてな編集部

 

お客様の安心と快適なフライトに不可欠な国内外拠点間のコミュニケーション品質が大幅に向上

テレワークの導入から12年目の佐賀県。県庁初の試みが文化として根付くまで

企業ビジョンが自然体で根付かせたリモートワークと雑談