ブイキューブのはたらく研究部

遠隔臨場システム導入による建設業での課題解決例

作成者: ブイキューブ|2021.08.18

本記事は「JACIC情報124号」からの転載です。

はじめに

日本社会全体で進む少子高齢化は、我が国のインフラを支える建設業界においても深刻な影を投げかけている。その一方、DX(デジタルトランスフォーメーション)の大きな波は企業のみならず社会全体に押し寄せており、さまざまなシーンで変革をもたらしている。

ここではデジタル化をテーマに、建設現場における人手不足解消や建設施工の生産性向上にICTがいかに寄与するかについて、さまざまな事例とともに具体的に考察したい。

まず2章では、建設業においてデジタル化が推進される背景と国のDX施策について振り返る。続く3章では、そうしたインフラDX施策の中でも、特に「遠隔臨場」について考察する。

その上で、4章では遠隔臨場システムを実際に導入した3事例を取り上げ、建設企業が抱える課題をどのように解決したのかを紹介し、終章で筆者の考えを述べたい。

背景〈デジタル化と遠隔臨場推進 2 の背景〉

2019年に報告された国土交通省の「建設業界の現状とこれまでの取組」によれば、建設業の就業者数は1997年の619万人をピークに減り続け、20年で27%減少した。また、建設業に携わる技能労働者のうち、60歳以上の高齢者は82.8万人と就業者全体の25.2%を占めており、10年以内の大量離職が見込まれている。

建設投資、許可業者数及び就業者数の推移
出典:国土交通省土地・建設産業局「建設業界の現状とこれまでの取組」2019年

一方で、それを補うべき29歳以下の割合は2018年時点で36.5万人と、全体の10%を占めるに過ぎない。さらに、現場管理に従事する技術者も1997年の41万人から2015年時点で32万人と、2割以上が減少している。

就業者の減少に歯止めをかけることができず、同時に就業者全体の高齢化が急速に進展しているという点が、建設業界全体の喫緊の課題と言えるだろう。

加えて、建設業は全産業平均と比較しても年間で300時間以上労働時間が長く、4週あたりの休日も平均4.86日と5日間を下回っている。長時間労働が常態化している点や、製造業と比較して技能者の給与額が低い水準にある点も、若手入職者数が伸び悩む背景にあると思われる。

抜本的な効率化と生産性の向上は、単に労働環境の改善という文脈だけではなく、高度な建設技術を持った技術者の技を失わせることなく次代へと受け継いでいくという意味でも、業界全体の最重要課題であろう。

こうした現状を背景に、国交省はあらゆる建設生産プロセスにおいて生産性向上を図る「i-Construction」の推進に取り組んでいる。

これは、調査・測量から設計、施工、検査、維持管理・更新までのすべてのプロセスにICTを導入するもので、同省は2016年に「ICT導入協議会」を設置。国全体のDX施策の一環として、インフラ分野におけるDXについても、さまざまな取り組みを進めている。

たとえば、

  • 設計段階の3次元化
  • 施工段階におけるICT活用の拡大
  • 維持管理段階へのICTの活用

といった点は、特に新型コロナウイルスの感染拡大によってテレワークが推奨されたこととも相まって、急速に建設業界においても導入が進んでいる。

業種・業態を問わず、DXが目指すところは業務の自動化などによる省人化・効率化である。日常業務の中でICTの活用が期待される場面はさまざまだが、ここでは建設業界における事例として、上記のうち特に「施工段階におけるICT活用」の一例である「遠隔臨場」について詳説したい。

後述するように、遠隔臨場は施工段階において、リアルタイム映像通信を活用するi-Constructionの取り組みの一つである。

従来は現場における立ち会いが求められた受発注者の監督・検査業務を、インターネット回線を通じたリアルタイム映像の送受信によって遠隔化するものであり、日本では2018年頃から試行が続けられてきた。多くの現場で大幅な生産性向上の効果が確認されたことから、2020年4月には国交省が全国の地方整備局や開発局などへ積極的な試行を促す通達を出している(「令和2年度における遠隔臨場の試行につ いて」)。

こうした取り組みが急速に進展する背景には、先述した少子高齢化や労働人口の減少とともに、2020年から1年以上にわたって猛威をふるい続けている新型コロナウイルスの感染拡大がある。現場への移動や対面での業務・作業が困難な状況にあって、遠隔臨場はコロナ対策としても理想的な施策となってい ると言えるだろう。

しかしながら、こうしたインフラDXはウィズコロナ社会、さらには新型コロナウイルスが収束した後のニューノーマルな世の中においては、より一層の展開を続けていくと考えられる。

その理由として、内閣府は2021年3月に「第5期科学技術基本計画」を策定したことが挙げられる。そこでは、次なる社会の形を「Society 5.0」と定義し、「サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会」と示されている。

また、すでに実用段階にある5Gネットワーク(第5世代移動通信システム)の普及はより高速で高品質な映像の送受信を可能にし、都心部だけではなく地方においても、通信事業者ではない企業や自治体が、一部のエリアまたは建物・敷地内に専用の5Gネットワークを構築する、いわゆる「ローカル5G」も展開が進んでいる。

こうした通信インフラの進化によって、「サイバー空間とフィジカル空間の高度な融合」は具体化されていくと考えられる。この2つの空間の「融合」は、エンターテインメント業界における活用をイメージさせがちだが、デジタル化や遠隔化によって省人化・効率化を図るという視点から見れば、最も大きな恩恵を受ける業界の一つは建設業界だと言えるだろう。たとえば、フィジカル空間にある情報をIoTなどで集め、送信されたデータを元にサイバー空間にフィジカル空間を再現する技術である「デジタルツイン」技術は、フィジカル空間の将来的な変化をサイバー空間上でシミュレートでき、実際に起こるであろう物理空間での変化に備えることも可能になる。

こうした「融合」が進む中で、遠隔臨場は現場(フィジカル空間)での作業にリアルタイム映像と音声(サイバー空間)をシームレスに統合するものであり、まさにSociety 5.0における建設業のあり方の一端を 具体化したものであると言える。

遠隔臨場の概要と実現方法

遠隔臨場とは、ウェアラブルカメラやネットワークカメラを活用し、現場臨場を遠隔で行うものである。国交省は先の通達の中で建設現場における「段階確認」「材料確認」「立会」は遠隔化が可能と示した。

たとえば、従来発注者は工程の進捗や材料を確認するために、建設現場に出向き、仕様通りの材料を使っているかなどを目視で検査する必要があったが、これをすべてインターネットを介して遠隔化する。

具体的には、現場の作業担当者がウェアラブルカメラなどを装着し、作業の様子や指定材料をビデオ撮影する。そして、現場事務所のPCと監督官庁などで待機する監督職員のPCにオンラインで接続し、クラウドサーバーを介してその映像をリアルタイムに配信する。監督職員は机上のPC画面上に映し出された映像を見ながら、承認・確認等の監督業務を行う。

配信は現場からの一方的な映像送信ではなく、監督職員からの音声による呼びかけや指示を現場の作業担当者に送ることができ、双方向にコミュニケーションしつつ臨場を進めることができる。映像の画質はVGAからHDレベルが一般的で、ミリ単位の目盛りや、細かな文字で印字された型番などの確認も可能なほか、静止画は4K画質で撮影可能なデバイスもあり、監督職員側のPCには高精細な映像・画像が映し出されることで、肉眼と変わらない確認が可能になる。

ウェアラブルカメラはヘルメットと一体になった スマートグラス型も普及を始めており、コードレス・ハンズフリーとすることで作業員の安全にも配慮できるほか、固定カメラを設置して工程を継続的に録画し、記録された録画データを後日確認するといった活用方法もある。


建設現場の遠隔臨場における試行(「段階確認」「材料確認」「立会」)
出典:国土交通省「建設現場の遠隔臨場に関する試行について」2020年4月事務連絡

このようにして行われる遠隔臨場には、どういったメリットがあるのだろうか。

従来、現場臨場は施工現場が遠隔地にあっても発注者が直接現場へ出向いて行う必要があった。山間部などでは現場への往復に多大な時間を要することもあり、時間と移動にかかるコストは監督職員側にも大きな負担となっていた。

一方、作業に当たる現場でも監督職員の視察・検査への対応に人的リソースを割く必要があったことに加え、監督職員の到着・確認待ちによって手待ち時間が生じるといった状況があった。

遠隔臨場の最大のメリットはこれらを無くす、あるいは大幅に軽減することにある。現場で従来割いていた人的リソースを工事そのものに振り向けることが可能になる一方、監督職員は移動時間を他の現場の確認作業や自治体との調整などに充てられる。

通常業務のほか、突発事象にも迅速な対応が可能になるほか、その特性から災害現場での活用も進んでいる。加えて、最前線の熟練技術者目線で撮影された映像は、受注者の社内研修や技術研修、関連部署との共有といった目的にも応用することができる。

東北地方整備局が19件の施工工事を対象に実施したアンケートでは、受発注者のいずれも80%以上が遠隔臨場を「大いに有効」「概ね有効」と回答しており、発注者側からは「支度時間+移動時間を削減でき るのは大きい」「施工現場をリアルタイムで確認できる」といった声が、受注者側からは「映像記録として残るため、後で再確認できる」といったメリットを指摘する声があった(国交省「建設現場の遠隔臨場に関 する試行について」)。

このような遠隔臨場を実現する映像通信システムは、各社が多様なサービスを提供している。そのうち国交省新技術情報提供システム 「NETIS」に登録されている株式会社ブイキューブの「V-CUBE コラボレーション」は、高画質のデータをリアルタイムで共有し、高音質の音声伝達が可能な動画共有プラットフォームとして、導入が進むシステムの一つである。災害時の緊急対応などでも活用されてきたこのシステムに、スマートグラスを連携させることで、現場作業員はカメラを手に持つ必要がなく、高所や狭所といった危険な場所でも遠隔臨場を実現することができる(同スマートグラスは防爆仕様版もある)。

このシステムの特徴として、映像と音声以外にもさまざまな情報を共有できる点が挙げられる。たとえば監督職員がPC画面上の地図や画像に印をつけたり、テキストを書き込んだりすると、現場作業員のスマートグラス上にもその書き込みがリアルタイムに反映される。音声では指示しにくい内容も、正確に現場作業員へ伝えることが可能だ。

V-CUBE コラボレーションは2018年にNETIS登録されたが、2020年初頭は4件だった累計実績が、この1年で計11件へと急増していることからも、ICTを活用した遠隔臨場の浸透がみてとれる。

事例紹介

ここからは、具体的にどのような環境で企業が遠隔臨場を実施しているのか、V-CUBE コラボレーションの導入事例から紹介したい。

港湾や河川などにおける土木、建設工事で豊富な実績を持つりんかい日産建設株式会社では、現場の多くが全国各地の港湾や河川であり、監督官庁から車で数時間以上かかるような場所にあることも少なくない。

そのため現場臨場における監督職員の移動経費と時間コスト、また、現場の手待ち時間も大きかった。こうした状況に新型コロナウイルスの感染拡大が重なり、遠隔臨場の必要性が増した同社では、V-CUBE コラボレーションを導入。2020年に行った東京・荒川の護岸工事では、RealWear社製の「音声認識型スマートグラス」を活用し、段階確認、材料確認、立会のいずれも遠隔化したことで、現場臨場の数は5分の1程度に減少。大幅な時間コストの削減と、作業効率化につながった。

従来の現場臨場に関連する課題として、同社の担当者は主に3点を挙げており、「監督職員の移動による時間とコスト」「コロナ禍により移動・立会が困難」という点に加えて、「スマホやタブレットでは手がふさがってしまう」ことがあったという。

遠隔臨場の実施以前にも現場から電話で監督職員とコミュニケーションを図ることはあったものの、港湾や河川での土木工事が多い同社では、作業員が船の上や足場の上、ぬかるんだ場所などにいることが多く、安全確保のために両手を開けておく必要があった。こうした場所では、スマートフォンやタブレットで写真や動画を撮ることが難しく、遠隔臨場のためのシステムを選定する際には、ハンズフリーデバイスと連携できることを必須の要件に挙げていた。

現在、同社では、V-CUBE コラボレーションと連携する音声認識型スマートグラスを遠隔臨場に用いるだけではなく、現場の安全パトロールなどでの活用も検討している。

送電線工事を多く手掛ける岳南建設株式会社では、鉄塔工事など高所での施工検査において、現場監督と電力会社、岳南建設の現場事務所の3者間で情報共有するために遠隔臨場システムを活用している。

送電設備の工事について100年以上の実績と経験を持つ同社では、山間部の現場が多く、前掲の例と同様に遠隔臨場の必要性が高かった。同社担当者は、遠隔化を実現するシステムの選定ポイントとして主に2点を挙げている。

1点目は「遠隔地との間でもクリアな通信で双方向コミュニケーションが取れること」。高所での施工映像を複数の遠隔地で共有する必要がある同社では、従来、現場監督が鉄塔の上などで撮影した施工箇所の映像を現場事務所に送り、その映像を電力会社の担当者へ転送していた。こうした「情報の伝言ゲーム」が、共有漏れや画像の撮り直しなどの手戻りにつながることがあったという。そのため、3者がリアルタイムにコミュニケーションでき、施工箇所のクリアな映像をもとに正確な判断や作業支援ができることが、製品システム選定の重要ポイントだった。

2点目は「高所作業を行う現場に適した装着性や安全性が確保できること」。鉄塔の上という危険な場所において、操作時に両手が空き、作業員の視界を遮らず、安全性を確保できることが製品選定ポイントでもあった。

結果として、作業者にスマートグラスを装着させ、現場の映像中継を現場事務所の担当者と電力会社の担当者がPC画面上で確認しつつ、より詳しく知りたい箇所を画面上にタッチペンで指示。現場監督はスマートグラスの画面に映し出された指示をもとに対応できるようになった。

高所現場での作業性を阻害しないデバイスとシステムの導入によって、立会い検査の工数を大幅に低減させ、人的リソースの効率配分だけなく、作業時の安全性も向上させた。

スマートグラスやローカル5Gなどを活用したICTの重要性は、「建設業において物理的な距離を無くしたり、効率化で労働環境を改善しできる」という文脈だけではなく、広く多くの業種で「熟練者とのコミュニケーションやその熟練技術を次代に伝承する」という意味でも、今後ますます増大していくだろう。

製造業の事例として、NTT西日本と株式会社ひびき精機が実施する「スマートファクトリー実現に向けたローカル5Gの活用に関する共同実験」にも触れたい。


出典:株式会社ブイキューブ『ブイキューブ、NTT西日本とひびき精機の「スマートファクトリー実現に向けたローカル5Gの活用に関する共同実験」に採用』

これは、モノづくり現場で働く製造部門の作業者の目線で工場内の様子をリアルタイムに映像共有し、本社の生産技術部門の担当者や熟練者と同じモノを見ながらいつでもコミュニケーションが取れるようにするというもの。担当者や熟練者の現場移動を待つことなく、適切に現場作業を支援できることもメリットの1つではあるが、それ以上に注目されるのが「熟練者が装着したスマートグラスにより、高度な技術を熟練者視点で記録できる」ということだ。冒頭で「建設業では技能技術者の25%が60歳以上であり、近い将来に大量離職する」という切実な課題を示したが、建設業以外でも、同じ課題を抱えている産業は多々あるため、その解消のためにICTをいかに活用していくかは、日本の産業という広い視点からも注目すべき実証実験と言える。

終わりに

国が推進し、さまざまな場所で普及が進むDXは、効率化や生産性の向上といった大きなメリットを建設業界にもすでにもたらしつつある。

5Gネットワークの進展と並行して、AR/VRといったテクノロジーも一層進化し、すでに実用・普及段階にある現在、社会全体のデジタル化も当然のことながら加速している。

その中で、建設業界におけるデジタル化は、特に遠隔臨場という形で積極的に導入が進められており、とりわけ急速に導入される背景には、建設企業各社が例外なく抱える少子高齢化・労働者人口の減少という喫緊の課題がある。その利用範囲は国内のみにとどまらず、日本から海外拠点の現場を監督するといった活用実績も2020年後半からは多く見られるようになっている。

映像のリアルタイム配信や情報の共有を主体とした現在のデジタルコラボレーションサービスは、今後、映像の解析やワークフロー・報告書の作成といったような情報の分析・判断・改善を目的とした「インテリジェンス・オートメーション・サービス」へと進展していくだろうと筆者は考える。

現在、建設企業各社はITベンダーとの共創を積極的に模索している。建設業の抱える課題が一部企業の問題ではなく業界全体、ひいては我が国の将来に関わる問題であることは、そうした共創が旧来のクローズドな関係ではなく、オープンイノベーションとして加速している現状にも、見て取ることができ るのではないだろうか。