里山で生まれた「新しい働き方」――郡上八幡のシェアオフィス「HUB GUJO」が目指すもの
近年、リモートワークをはじめとする新しい働き方に注目が集まっている。事実、総務省の「平成28年(2016年)情報通信白書」によれば、「好きな場所で仕事をすること」に魅力を感じる人が42.3%もいた。とはいえ、実際に自分がそんな働き方をできるかというと「いやいや、とうてい無理」と感じてしまう人も多いはずだ。
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そんな中、現代のニーズにあった新しい働き方を推進すべく、地域ぐるみでユニークな取り組みを行っているところがある。岐阜県郡上(ぐじょう)市を拠点にするNPO法人が運営しているシェアオフィス&コワーキングスペース「HUB GUJO」(ハブグジョウ)だ。
HUB GUJOは、清流・吉田川のほとりにある紡績工場をリノベーションし、2017年3月にオープンした施設。その特徴は、Web会議ツールなどを活用して、遠方にある拠点とも連携しながら仕事ができるようになっていることだ。法人だけでなく、個人としても契約でき、現在は5つの企業がサテライトオフィスとして、13人がコワーキングスペースとして利用している。
清流や「郡上おどり」など、里山ならではの観光資源も豊富な郡上市で、なぜこのような取り組みが行われるようになったのか。組織のマネージャーという立場でありながら今年2月に郡上市に赴任し、HUB GUJOのサテライトオフィスで働くブイキューブの佐藤岳さん(マーケティング本部本部長)に聞いた。
地方都市にありがちな問題解決を目指して
HUB GUJOのある郡上市は、岐阜県のほぼ中央に位置し、美しい町並みから“小京都”とも呼ばれる郡上八幡や、日本の「名水百選」の第1号に認定された水の町としても有名だ。春には桜や芝桜、夏には郡上おどり、秋には燃えるような紅葉、冬はウインタースポーツなどを楽しむため、年間を通じて観光客で賑わう。
しかし、多くの地方都市がそうであるように、郡上市も人口減少という悩みを抱えていた。
「郡上市には学校が高校までしかないため、高校を卒業すると、大学進学のため若者はここを離れていってしまう。都市部に進学した人のうち多くは、そのまま仕事のある都市部で就職。そうして人口がどんどん減っていってしまうのです」と佐藤さんは言う。その結果、趣のある「町屋」に空き家が増え、人が住まないことによる老朽化、取り壊し、景観損壊へとつながってしまうのだ。
とはいえ、故郷を離れてしばらくするとその魅力に気づくのもまた事実。そのため「20代後半ぐらいになってから戻ってくる若者たちもいる」と佐藤さん。しかし「せっかく戻ってきても働く場所がない。それこそが、解決しなければならない根本的な原因なんです」という。
どうすれば、郡上で若者が活躍できるフィールドを作れるだろうか――2013年10月、郡上にUターン、Iターンしてきた若者5人が、その課題に取り組むべくチームを結成、2015年にはNPO法人「HUB GUJO」を立ち上げた。名前からも分かるように、“都市”と“地方・人材・企業・地域資源”を接続するHUB(ハブ、中心)となることを目指した組織だ。
そして、市内外の出身者がITを活用しながら実際に働く場として、旧紡績工場を総務省の補助金を受けてオフィス空間としてリノベーション。ワーカーの受け皿となるシェアオフィス&コワーキングスペース「HUB GUJO」の実証運用を2015年10月に開始し、2017年3月に正式オープンした。
コンセプトは「山里に住んでも仕事は最先端」
HUB GUJOは、シェアオフィス6室、90平方メートルあるコワーキングスペース2室を備え、最大45人まで利用できる。
2017年4月現在、入居している企業はブイキューブのほか、名古屋に本社のある広告代理店「広告共和国」、岐阜県で美濃和紙を使用した提灯やペーパークラフト製品を製造している「家田紙工」、同じく岐阜県に本社のあるアプリ開発会社「アンドバイユー」、そして千葉県松戸市でフェアトレードコーヒーを太陽光発電による電力で焙煎しているコーヒーメーカー「スロー」の5社だ。
HUB GUJOを利用する理由はさまざまだ。「場所を問わずに働けるITエンジニアを育てるため」「離れた場所でも仕事ができることを実証したいため」「アウトドア好きで郡上の自然にひかれたため」「商品づくりに必要なきれいな水を安定的に得るため」と、企業によって異なっている。
ブイキューブの佐藤さんが郡上市に移住してきたのは2017年2月のこと。HUB GUJOで開催されるアイデアソン&コワーキングスペースお披露目会「HACK GUJO」に参加するため、正式オープンより少し前にやってきたという。
「実は、HUB GUJOで働きたいと社内で応募したのは私だけではなかったんです」と佐藤さんは振り返る。「しかし、もう1人の応募者は、周囲の人たちとの物理的なやり取りが必要な職種だったため遠隔地での仕事は無理。それで、私が自ら手を挙げて郡上に移ることになったのです」。
とはいえ、佐藤さんはマーケティング本部長。いわゆる“上位役職者”だ。そのような人が本社におらず、リモートワークをしていて問題ないのだろうか。
「基本的にはデスクワークですから問題ありません。そもそも当社の社長も普段はシンガポールにいて、会議や歓送迎会へはWeb会議ツールを使って参加しているくらいです。そうした下地もあり、自分にもできるのではないかと思ったのです」(佐藤さん)
部下とのコミュニケーションも、本部長の重要な仕事の1つだ。ブイキューブの場合は、承認の必要な勤怠管理、稟議承認、経費精算、人事考課などの業務用アプリケーションの全てがクラウド化されているため、遠隔地にいても業務に支障はないという。
また、部署としてのミッションを達成すべく、チームメンバーは計画の実行状況や業務の進捗、抱えている課題などを週ごとに佐藤さんに提出している。これらのレポートはGoogleドキュメントで共有され、いつでも見られるようになっているという。
「自分が東京の本社にいてもいなくても、メンバーは自分のやるべきことを把握しているし、そばでいろいろ言わなくてもきちんとやっていることが見て取れます。個別ミーティングも全体ミーティングも、Web会議ツールで行えます。私のようなデスクワーカーであれば、場所に関係なく働けるんだなぁと実感しています」と佐藤さんは話す。
そんな佐藤さんのリモートワークを支えているのが、自社で提供しているツール「V-CUBE」だ。HUB GUJOと本社を常時接続しているテレビ会議システム「V-CUBE Box」で社内の様子がディスプレイに映し出されており、佐藤さんはいつでもメンバーに声をかけたり、相談に乗ったりできるようになっている。さらにHUB GUJO以外の場所にいても、マルチデバイス対応のWeb会議サービス「V-CUBE ミーティング」でシームレスに個別会議に参加できるという。
これらはまさしく、HUB GUJOの「山里に住んでも仕事は最先端」というコンセプトを地で行く仕事ぶりだと言えるだろう。
本社の社員も「ディスプレイ越しではあっても所在が分かっているし、いつでも会話したいときに会話したり、会議したいときには彼も含めて会議したりできます。離れた場所だからやりにくいと感じることはありません。近くにいてもいなくても、コミュニケーションのあり方に変わりはないですね」と話す。
「ちなみに私はまだやったことないんですが、リモートワーカーは、遠隔地にいる人同士で飲み会を開くこともありますよ」と佐藤さん。「それぞれがお酒とおつまみを持ち寄って、Web会議ツールでしゃべりながら飲むらしいです。私はつい地元の人に誘われて“オフライン”の飲み会をしてしまうことが多いのですが、機会があれば本社の人とやってみようかな」。
都会の喧騒から解放され気分をリフレッシュ、気付きも得られるテレワーク
現在、佐藤さんの住まいは135平米もある一軒家だ。前述の「町屋」を借り上げてリノベーションして貸し出している郡上市の空き家対策プロジェクト「チームまちや」から借りているという。広い庭や歴史を感じさせる蔵も敷地内にある。佐藤さんは毎朝その広い家から通りに出て、川べりのボードウォークを歩いて出勤する。
郡上での仕事や生活について、佐藤さんは「空気がきれいだし、何より静か。都市部がいかにうるさかったかということに気付かされました」と話す。
郡上に住み始めてから2カ月たち、そんな環境ならではのメリットも感じているという。
「まず、仕事中の集中力が上がりました。ディスプレイ越しに本社の雰囲気を感じることはあっても、実際の空間には私1人。作業効率が上がり、同じ時間でこなせる仕事量が増えた実感があります。また、物理的に離れると視点・視座が変わり、新しい気付きが得られるメリットもあります。例えば、メンバーの働き方を俯瞰できるため、どんなムラや無駄があるかが分かりますし、コミュニケーション上の課題も見えます。そしてその気付きが、われわれのサービス上に活かす施策にもつながるのです。自ら手を挙げて取り組んだ体験は、まさにかけがえのない宝となっています」(佐藤さん)
里山でのテレワークを通じ、このほかにも思いがけないメリットを得られたと佐藤さんは語る。その1つが、プライベートの充実だ。
「まだここに来て2カ月ですが、名産品の郡上味噌や明宝ハム、イノシシ鍋やお米など地元の豊かな食文化に触れられるのがいいですね。水の町らしく、水をみんなで大切にしていることや、神楽を奏でる3つの神社によるお祭りなど、地域特有の美しさもある。なにより、私のような都会から来た人も迎え入れてくれる懐の広さがありがたいですね」
きれいな空気と水が豊富な地方で働くことのリアルと未来
HUB GUJOはインターネット環境が充実しており、地方であってもリモートワークをするのに不足はない。ブイキューブの提供するWeb会議ツールを施設全体で導入しているのも特徴だ。佐藤さんがV-CUBEを使って働いているのを見て、興味を持つ人も多いという。
「私自身、本社にいるとき以上に効率的な仕事ができています。だからこそ『山里でも効率的に仕事ができる』ということを知ってほしい、実感してほしいと思います」(佐藤さん)
HUB GUJOは1日からでも利用できる。料金は一時利用の場合は1日当たり2000円で、さらに1万円で1カ月利用できるプランもある(※)。「まずお試しとして、夏の踊りの季節に、ぜひここに来てみてほしい。仕事を休む必要はないんです。踊りの期間中、日中はHUB GUJOでテレワークして、夜は踊りに行きましょう。仕事でもプライベートでも、充足感を味わってもらえると思いますよ」と佐藤さんは勧める。
※初回は利用会員登録料1000円が必要(申し込み日から1年間有効)
新しい働き方をしたいと考えている人や企業に何かメッセージを贈るとすれば――そんな質問に、佐藤さんはこう答えてくれた。
「やってみたいと言いつつ、本当にできるのか疑わしく思い、ためらっている人もいる。でも私はこう言いたい。『まずはやってみましょう』と。そして、できれば業務現場の人ではなく、私のように上位役職者に試してみてほしい。本社でメンバーに囲まれていたときに得られなかった気付きが、きっと得られることでしょう。そして、離れた場所であっても、違和感なく業務を行えることに気付くでしょう」
「ずっと住むのが難しいと感じるなら、1週間、または2、3日でもいい。そこでモバイルワークの課題が見つかればそれを潰していけばいいですし、これまでの仕事の仕方の課題が見つかるかもしれない。遠くから見ることで得られる気付きと、場所を選ばない新しい働き方がここにはあります」(佐藤さん)