セブ島に暮らし、日本企業のB2Bマーケティングを支援する戸栗頌平さん。海外リモートワークに最も必要なのは「プロ意識」

今やネット環境さえあれば、場所にとらわれず仕事ができる時代。とはいえ、海外でのリモートワークとなると、まだまだ縁遠いものに感じられる人が大半でしょう。

フリーランスとしてB2B企業のマーケティング支援を行う戸栗 頌平(とぐり しょうへい)さんは、2019年の年明けからフィリピン・セブ島へと渡り、現在は日本のクライアントと遠隔で仕事をしています(2019年8月時点)。

リゾート地でのリモートワーク。響きはいいものの、実際は苦労も多いのではないでしょうか? また、海外リモートワークを実現するためにはどんな準備や、いかなるハードルをクリアする必要があるのでしょうか? フィリピンの戸栗さんとビデオ通話をつなぎ、リモート取材を行いました。

戸栗さん写真

フリーランスとしてB2B企業のマーケティング支援を行う戸栗 頌平さん

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食事は1日700円。家賃6万円で超高級マンションに住める

―― まず、セブ島での1日の過ごし方を教えていただけますか?

戸栗さん(以下、敬称略):毎朝5時に起床しジムで汗を流したあと、個人ブースを借りている近くのシェアオフィスで20時まで働きます。日本とフィリピンの時差は1時間なので、日本にいるお客さんとのコミュニケーションもスムーズ。週に何度かはクライアントと遠隔でミーティングもします。平日は割と仕事漬けなので、土日はなるべく旅行などに出かけるようにしていますね。

 

―― 住居費や食費などの生活コストはいかがでしょうか?

戸栗:私の借りている部屋の家賃は6万円くらいで、広さは50平米ほどです。こちらではワンルーム4万円でプール付きの高級マンションに住めます。現地企業の月収水準が約2.5万円、そのことを考えると6万円はかなり高いですね。食事は弁当を毎日3食配達してもらって合計700円くらい。生活コストは、抑えようと思えばとことん切り詰められますね。ちなみにミネラルウォーターだと40円くらい、たまに食べますが現地の食堂だと1食120円くらい。

―― うらやましい限りです。ちなみに、セブ島に来る前はどのようなお仕事を?

戸栗:米国ボストンに本社のあるHubSpot社に勤め、日本法人の立ち上げと創業期にマーケティング責任者として従事していました。立ち上げ当初、日本には私一人しかおらず、ボストン本社やシドニー支社、シンガポール支社、ダブリン支社とのやりとりも今セブで行なっている海外リモートワークと変わりませんでした。また、頻繁に海外出張があり、出張先からも日本の関係者と働いていたので、場所にとらわれずに働くということには慣れていました。

日本法人設立後はマーケティング専任になり、デジタルを活用して見込み客を獲得する、獲得した見込み客を育成する、セミナーや自社イベント、ユーザー会、WEBサイトの改善、ブログの執筆、広告運用、マーケティングキャンペーンの設計と実行を行い忙しく働いていましたが、3年半がたった頃にほとんど当てもなく辞めました(笑)。

―― そこからフリーランスになり、セブ島へやってきたと。なぜセブ島だったのでしょうか?

戸栗:HubSpot在職時から、デザインやコーディング、テクニカル面をマーケティング視点で説明できないとよくないな、と感じていました。そこを改めて勉強したいと思ったのですが、どうせなら前職の公用語だった英語で学べるところがいいなと。そのなかでフィリピンを選んだのは、もともと8年前からボランティア活動でマニラを何度も訪れていて、地縁があったことが大きいです。移住前にフィリピンのいくつかの都市を回り、ネット環境や学校を調べ、ITの環境が比較的進んでいるセブ島に決めました。

戸栗さん写真
 
マニラでのボランティアの様子

―― 当初は留学がメインだったんですね。そこから、日本企業からの仕事量を増やし、海外リモートワーカーにシフトしていったと。

戸栗:そうですね。セブへ来てから最初の3カ月は早朝からお昼までを仕事の時間に、午後は学校の時間に充てていましたが、案件が増えるにつれ学習やインプットを仕事の合間にも行うようになりました。コーディングはオンラインのコースも取っているので、スキマ時間でも学べますしね。

ちなみに、今のクライアントは前職やそれ以前からお付き合いのある会社や、元同僚、元パートナー企業のご紹介などです。B2Bマーケティングや営業支援をコンサルと実行ベース、クライアント先の担当者さまの教育なども含め、法人として受けさせて頂いております。1人で行っているので実質フリーランスですが。

いくら準備をしても、想定通りにいかない海外暮らし

―― 日本のクライアントとのやりとりで、遠隔ゆえのストレスを感じることはないですか?

戸栗:ネットがつながらないことはたまにあります。フィリピンは東南アジアの中でも、ネット環境はあまりよくないように感じますね。シェアオフィスを借りたのも、自宅のネットが突然つながらなくなり、仕事に支障が出たからです。お客さんと遠隔でミーティングする時も、少しお待たせしてしまうことはあります。

戸栗さん

シェアオフィスの様子

ネット環境はリモートワークの生命線なので、移住前にも入念に調べたんですけどね。現地のスマホキャリアのSIMカードを複数購入してテザリングを試したり、エリアごとのスピードを測定して問題がないかどうかチェックしました。でも、実際にこちらで仕事を始めてみないと、やはり分からない部分は多いです。場所によってつながらなかったり、天気によっては極端に遅くなったりします。例えば、今いるこのインタビューを受けさせて頂いているホテルもそうですが、ロビーではつながっても、すぐ近くの客室に行くともう駄目ですから。

―― そちらは、自宅やホテルの部屋ではあまり仕事をしないんでしょうか?

戸栗:ネットが必要な仕事に関しては、そうかもしれません。その代わり、カフェで仕事をする人は多いですね。ネットを使った作業を前提としたカフェが数多くあって、勉強や仕事をしたい人はそこに集まってきます。コワーキングスペースは値段が高く現地の人はなかなか借りられませんが、カフェなら半日いても200~300円くらいですから。

また、フィリピンは英語圏ということもあり、欧米や豪州からの仕事を受けている現地の人も多くいます。そういった方が、そのようなカフェに集まって仕事をしたり、私の借りているようなシェアオフィスを借りて仕事をしている感じですね。

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移動先での仕事もカフェなどを利用

―― ネット環境のリサーチ以外で、移住前に準備したことはありますか?

戸栗:本格的に移住する前に、お試し期間のような形でフィリピン内に2週間程度滞在し、日常生活を送ってみました。それまでボランティア活動で20回くらいマニラを訪れていたとはいえ、本格的に暮らし、仕事をするとなると、スムーズにいかないことも多いだろうなと思いましたので。実際に生活をしてみて、どんなことがネックになるのか検証しておこうと。

―― 例えば、どんなことがネックだったのでしょう?

戸栗:困ったのは渋滞ですね。特にセブ島やマニラはひどくて、2~3kmの距離でも車で40~50分かかったりします。今住んでいるセブは山と海に挟まれた細長い街で、逃げ道がないのでどうしても車両が集中してしまうんです。移動時間が全く読めないため、朝の通勤時間帯は車には乗らないようにしています。ボランティアで来ている時は日中の移動が多かったので、そういうところが見えていなかったんですよね。

―― となると、自転車移動ですか?

戸栗:最初はそうしようと思ったんですが、現地の日本人に「自転車はやめておけ」と言われました。日本で暮らしていると信じがたいことでしょうが、道路にでかい穴が空いてますからね。普通に人が落ちるサイズの穴です。窪みも多くて平坦ではないので、自転車は危ない。ですから、徒歩かバイクタクシーで移動するようにしています。

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道の真ん中に穴

―― 穴、おそろしいですね……。では、ビジネス上の商習慣などで戸惑ったことは?

戸栗:ボランティア活動の支援先のデジタルマーケティングを手伝っている関係で、現地のWEB制作会社に仕事を依頼したのですが、そのやりとりでは苦戦していました。まず、こちらからアプローチしても基本的に返信がこない。

最初に5~6社くらいに相談の連絡をしたのですが、いずれも「あとで詳細をメールします」と言われたっきり音沙汰がなく、訪問をしても状況は変わりませんでした。メールでやりとりが始まったと思ったら突然連絡が途絶えることもあります。

なぜだろうと思い、フィリピン人のエンジニアに聞いてみたら、「それは、あなたと関わりたくないってことだよ。向こうが連絡をくれると言ったとしても、何もないということは“丁寧に断っている”のと同じことなんだ」と。

―― そうはいっても、それを汲み取るのは難しいですよね。

戸栗:そうですね(笑)。でも、なるほどと思いました。

日本人のビジネスマナーとして、返信がなくても定期的にリマインドの連絡を行い、丁寧なコミュニケーションを心がけてきたつもりでした。それが、向こうからすればむしろ煩わしかったのかもしれない。

あとは、連絡用のツールも、こっちではFacebookのメッセンジャーやWhat's appが主流で、メールの返信もメッセンジャーで来る。直接返ってくるときもあれば、関係のないグループのチャットに返信が来ることもあって、コミュニケーションのルートは混線しがちですね。

ですから、仕事を進める上ではEvernoteにコミュニケーションがどこでどんなふうに発生していて、どこまで進んでいるかをメモしておかないと、メール検索して見つけた情報が最新の情報じゃなかったりします。結果的に仕事がどこまで進んでいるかの”現在地”が分からなくなってしまうんです。

仕事の進め方が根本的に日本と異なるので、当初は苦戦しましたし、ストレスを感じましたね。

―― 事前にいくら入念な準備をし、心構えを持っていても、実際に海外で仕事をしてみると思わぬことが起きるんですね。

戸栗:はい。事前に日本で準備したものって、想定した通りに海外で役立つことはありません。日本人的な発想で備えても、それは日本でしか使えないんですよね、結局。ですから、海外で仕事をしたいなら、周到に準備することよりも「日本の常識にとらわれない頭」と「PC一つで飛び出していけるメンタリティ」の方が重要な気がしますね。

 

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リモートワーカーに必須の条件は「プロであること」

―― 戸栗さんのように場所を選ばずどこでも働ける人になるためには、どんな要素が必要でしょうか?

戸栗:生活スキルでいえば最低限の英語やITリテラシーなどさまざまあるかなと思います。仕事において最も重要なのは「結果を追い求める」こと。どこでどんなふうに働いても明確な数字を残すプロであること、だと思います。裏を返せば、日本でリモートワークがなかなか根付かないのは、こうした意識が雇用する側、される側の双方に不足しているからではないでしょうか。

現在の日本の雇用システムは「メンバーシップ型」。つまり、先に人を採用した上で仕事を割り当てる形式が主になっています。対して、欧米や豪州は「ジョブ型雇用」が一般的で、その道の専門家を雇う。プロであるがゆえに採用の段階から明確な数字指標があり、雇用後は常に結果を求められるわけですが、そのぶん自由な働き方が可能になるわけです。私が勤めていたHubSpotでもどの部署の従業員にも定量的な達成目標があり、営業担当でもリモートワークが認められていました。同僚のなかには、1カ月にわたってニュージーランドやベトナムに滞在して仕事をしている者もいましたよ。

―― 逆にメンバーシップ型は組織としての目的はあっても、一人ひとりの目標値があやふやな状態で仕事をすることも少なくありませんね。

戸栗:そう。そうなると、労働時間で管理するしかなくなり、オフィスで従業員が「ちゃんと働いているか」と目を光らせるようなことになってしまう。プロジェクトが思ったように進んでいなければ優秀な人に仕事が集中します。結果、働き方の多様性が損なわれてしまいます。

リモートワークを含めた新しい働き方を実現させるために大事なのは、一人ひとりにプロとしての責任と自由を与えること。それには、日本のメンバーシップ型雇用の在り方そのものを変えていかないと、なかなか難しいのではないかと思います。

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オフィスビルが立ち並ぶ、セブ島中心地

 

―― では、最後に今後の展望、叶えたい働き方やライフスタイルなどがあれば教えてください。

戸栗:セブ島での滞在は最長で1年と決めていましたので、8月には日本へ帰国します。東京拠点の生活に戻りますが、その間も海外のマーケティングカンファレンスに出席したり、ボランティア関係のことでフィリピンに戻ってくることも予定しています。

可能であれば、日本国内でも東京や都心部を離れた場所で暮らしたいですね。例えば軽井沢のようなところで、大きな庭付きの家で仕事ができたらいい。タイミングを見て、まずは数週間、数カ月の期間限定で試してみるのもアリなのかなと思いますね。

―― いいですね、軽井沢。どこでも働けるスキルを磨き、プロのメンタリティを持つことで、戸栗さんのようにさまざまな選択肢を持てるようになる。

戸栗:私が正解なのかもプロなのかも分かりません(笑)。ただ、どこでも働くということは「プロのメンタリティを強く持つこと」だとは思います。クラウドソーシングに登録して日本から仕事を得ることも誰でも容易できるようになりました。日本からの発注を受け、海外の低い物価の恩恵を受けることができるようになり、海外移住のハードルは下がっています。

そうなると、結局、自分を制限しているのは自分なんですよね。

海外で生活コストを下げつつ、日本のクライアントと仕事をして日本円でお金を稼ぐというスタイルもこれから一般的なものになっていくでしょうし、私自身も折を見て見聞を広げるためにまたこのような生活ができたらいいと思っています。

特に新興国は、経済が上り調子で国民みんな元気で笑顔なんです。明らかに希望に満ち溢れて生活している人たちを見ていると、こちらも何だか元気が出てきますね。日本とは異なる環境にいることだけとっても、大きな財産になると思います。

 

取材協力 戸栗 頌平
B2Bマーケティングを幅広く経験。外資系ソフトウェア企業の日本支社立ち上げを行い、創業期の全マーケティング活動を責任者として行う。現在フィリピンに在住、場所にとらわれない働き方を通じ、日本企業のマーケティング支援の戦略立案から実行までの支援を行なっている。

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取材・執筆:榎並紀行(やじろべえ)

写真:小髙 雅也

企画・編集:はてな編集部

はてな編集部
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