もうすぐ「テレワークが当たり前」の時代がくる。森本登志男さんに聞く、テレワークの意義と、これからの働き方の話

2020年の東京オリンピックを好機として、国を挙げた「テレワーク」の推進がはかられています。実際に導入する企業も増え、取り組みに対する認知度も日増しに高まっているようです。

しかし、テレワーク自体は知っていても、そもそもなぜ導入する必要があるのか、導入によってどんな効果が得られるのか、その有用性までは広く浸透していないのが現状ではないでしょうか。

テレワークには社会や企業にとって、どんな意義があるのか? また、普及にあたってはどのような課題があるのか? さらには、テレワーク導入企業でいま起きていることや、今後の展望に至るまで、マイクロソフト退社後、佐賀県庁CIOとしてテレワークの推進に取り組み、現在は総務省テレワークマネージャーとして全国を飛び回る、森本登志男さんにお話を伺いました。

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25年前のマイクロソフトに見る、テレワークの原点

―― 森本さんがマイクロソフトに入社した1995年には、すでに社内でテレワークに近い取り組みが実践されていそうですね。当時の状況を教えてください。

森本さん(以下、敬称略)当時、私はマイクロソフトの日本法人で働いていましたが、ほぼ毎日アメリカの本社とのやりとりがありました。アメリカの本社への出張もあり、本社に行ったときにリモートで日本と仕事をすることは普通に行われていたんです。当時は、すでに電話回線を通じて自宅でもネットを使うことができましたし、ノートパソコンを使ってどこででも働く文化が根付いていましたね。1995年の段階で、すでにそんな状況でした。

森本登志男さん_インタビュー写真01

―― すでに在宅勤務も行われていたとか。

森本アメリカは国土が広いですから、住む場所によっては会社まで通勤するのが大変なロスになる。そこで、効率化のために在宅勤務が根付いていたのだと思います。マイクロソフトは遠隔で仕事をするソフトウェアなども自前でまかなえますから、導入コストもそれほどかかりませんしね。

ただ、当時はまだテレワークという言葉は浸透していませんでした。マイクロソフトのような会社が、リモート接続や仮想デスクトップといった商材を提案する際に「テレワーク」という言葉を使い始めたのが2006年~2007年ごろではなかったかと思います。世間一般にまで認識されるようになったのは、本当にここ数年のことですね。

―― 日本で「テレワーク」という言葉が注目を集めるようになったきっかけは?

森本まずは2011年の東日本大震災が大きかったと思います。首都圏でも計画停電が行われ、高層のオフィスビルではエレベーターの復旧に数週間かかるケースもありました。オフィスで働くことが物理的に困難になったことで、テレワークに注目が集まったんです。

その後、安倍政権に代わりスタートした働き方改革で、流れはより加速します。一億総活躍社会の実現に向けて、多様な働き方を認めましょう、と政権が旗を振り始めた。そうしたいくつかの契機に加え、モバイル端末やクラウドといったテレワークに必要なインフラが急激なスピードで普及し、低コスト化してきたことで、一気にテレワークが実現可能になり、働き方のひとつとして広がりを見せているという状況です。

―― 改めて、テレワークの社会的意義とは何でしょうか?

森本働き方改革を加速し、残業を減らす、ワークライフバランスを高めるなど、色んなことが言われています。それはその通りなのですが、あまり注目されていない、とても重要なポイントだと私が考えるのは「働き手の潜在需要を掘り起こすこと」です。特に出産・育児により会社を辞めた女性など、働きたくても以前のように「週5日通勤して、フルタイムで」働く環境にない人たちにテレワークを活用して働いてもらうことです。

育児に携わる女性だけでなく、ご家族の介護にあたったり、病気や障害などで通勤が困難な人だっているでしょう。そういう人たちが在宅勤務や通勤距離の少ない場所での勤務など、働きやすい状況をつくり、どんどん企業活動に参加してもらえば社会福祉という点でも意義がありますし、労働力不足の解消にもなる。現在毎日会社まで通勤している人にもそうした働き方を認めれば、通勤ラッシュや交通渋滞の緩和にもつながります。テレワークが当たり前の働き方として根付けば、さまざまな社会的な問題が解消されるのではないでしょうか。

テレワークは福利厚生ではなく、「働き方の選択肢」

―― 今、多くの企業がテレワークを導入し始めています。一方で、制度を作っても思うように普及しないケースもあるようです。テレワークを機能させるためのポイントを教えてください。

森本テレワークを普及し、機能させるには大事なことが3つあります。しっかりと制度を設計すること、情報インフラを整えること、組織風土を醸成することです。特に重要なのは3つ目ですね。具体的に言うと、制度を作って情報インフラを整えるだけでテレワークが普及するとは思わないこと。「働き方の選択肢の一つ」として職場全体で共通認識を持って、特殊な人のものではなく、誰しもその恩恵に浴する場面があるととらえることです。

ありがちなのが、テレワークを「福利厚生」のように位置づけてしまうケース。テレワークは福利厚生や社員へのサービスではなく、「働き方の選択肢の一つ」として社内で共通認識を持つことを経営戦略として取り組むべきものなのです。
森本登志男さん_インタビュー写真02

―― それを啓蒙していくには、どうすればいいのでしょうか?

森本大事なのは、カジュアルに利用しやすい状況を作ること。まずは制度の簡略化です。何日も前に書類を提出して上司の承認を得るようなプロセスをなくし、当日の連絡でもテレワークができるようにする。例えば、当日子どもが熱を出したときなどに、急きょ在宅勤務に切り替えられるような柔軟性が必要です。

また、もうひとつ大事なのが、上層部の意識改革。特に、中堅以上の管理職です。彼らは現場を預かる身として、本音を言えば部下に在宅勤務なんてしてほしくない。また、IT機器やネットインフラなどにも慣れていない世代ですから、テレワークに対してある種の恐怖感を抱いてしまうんです。

―― 森本さんが佐賀県庁のCIOとしてテレワーク全庁導入を手がけられた際も、まずは管理職の意識改革から始めたそうですね。どのようなアプローチを?

森本とにかく、まずは週1回、課長以上の職員にサテライトオフィス勤務(もしくは在宅勤務)をやってもらうようにしました。最初はやはりさまざまな不満が出てくるんですが、それらを積極的にどんどん言ってもらう。不満や不安な点を余すことなく拾い上げて、改善点を抽出するとともに、ある種のガス抜きをさせるんですね。管理職が抱く、サテライトオフィス勤務や在宅勤務の悪いところを、どんどん出してもらうわけです。「どうぞ、重箱の隅をつついてください」と。

そして、数々の不満に対し、一つひとつ対策を打って潰していく。それを3カ月4カ月と続けていくうちに、管理職もだんだんと慣れていくとともに、サテライトオフィス勤務のメリットを見出す人も出てきます。不満の声に対する対策を連続して打ち出していくことも相まって、ある時期に、意識が逆転するんです。

―― かなり地道な取り組みですね。

森本やはり、一筋縄ではいきませんよ。佐賀県の場合、地道に周到にやっても、明るい兆しが見え始めたのは3カ月目から。みんながテレワークを便利に使い始めたな、という実感を得られるようになるには、年単位の時間がかかったと思います。

どうしたって不満は出ますし、中には「何となく気に入らない」という感じで、ほとんどいちゃもんにしかすぎないことを言ってくる人もいるんですよ。でもそこで逃げずに、徹底的に論争を戦わせる。こっちは完全に理論武装して、徹底的にテレワークの有用性を説いていく。それをしばらく積み上げていくと、少なくとも感情論の反対意見は消えていきます。

森本登志男さん_インタビュー写真03

製造業や工務店の事例も。テレワークは、どんな業種にも導入できる

―― 最近のテレワークの注目事例はありますか?

森本この数年で、これまで在宅勤務とは無縁と思われていた製造業の大手が、新たにテレワークに取り組み始めています。もちろん、工場など現場でのオペレーションが不可欠な職種でのテレワーク導入は難しい面もありますが、総務や経理、戦略部門など、できるところは働き方を変えていこうという動きですね。製造業でも、そうしたホワイトカラーの人材は奪い合いになっていますから、先々をきちんと戦略的に見据えている企業ほど、テレワークを含めた働き方改革に本気で取り組んでいる印象です。

あとは、横浜にある向洋電機土木という工務店の取り組みも注目されていますね。現場に出向いていくことがメイン業務である工務店なんて、一番テレワークに向いていない職種に感じませんか? 
向洋電機土木株式会社のWebページ画像

向洋電気土木株式会社Webサイト

―― 確かに、現場での仕事がメインですよね。正直、テレワークのイメージが湧きません。

森本例えば、朝、会社に立ち寄らず自宅から直接現場へ行っていいことにしたり、現場が終わった後も、わざわざ帰社して報告書を書くと時間の無駄なので、現場から直帰して自宅で事務作業ができるようにしたりと、できることはいろいろあります。

実際、向洋電機土木はこれらの試みによって大きく利益を伸ばし、人手不足も解消しています。まず、通勤による移動が減ったことで社用車のガソリン代や車のリース料といったコストが浮き、社員の疲労も軽減されるため事故のリスクが下がって自動車保険料が7割カットできたそうです。さらに、空いた時間で社員が資格取得などのスキルアップを図り、以前よりも大きな仕事を受注できるようになったといいます。業績が向上した上に、社員は同業者の常識からは考えられないワークライフバランスを実現していることで、優秀な人材を採用できるようになるなど、次々と好循環が生まれているんです。

―― テレワークになじまなそうな業界でも、そうした動きができるんですね。

森本結局、テレワークをやらない理由として最も多いのは、「うちにはテレワークできるような仕事はないから」と決めつけることなんです。でも、私はそうは思いません。だって、会議をやらない会社はありませんよね。管理職や経営者の稟議を通さない会社もないはずです。それらはテレワークで効果が出やすい業務なんです。インターネットを通じて、遠隔地や自宅から会議に参加したり、出張先で稟議書を確認して決済を通したりすることも、立派なテレワークです。まずはそのレベルから始めてみること。テレワークの敷居を下げることが大事だと思います。 

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週休二日制のように、テレワークも当たり前になる

―― 今後、テレワークはさらに普及していくのでしょうか?

森本というよりも、遅かれ早かれ、どの企業・自治体もやらざるを得ない状況になるでしょう。そのことに気づいた企業は古くからテレワークを導入していますし、2012年ごろからはその数も大きく伸びて、着々と取り組みを進め、自社に適した形へとどんどん制度を進化させています。

しかし一方で、数万人の社員を抱えるような歴史のある巨大企業は、その規模の大きさと長年かけて強固な仕組みを作り上げてきたゆえに、なかなか新しい仕事の仕方に踏み出せないところも多いようです。どこかで思い切った転換をはからないと、社員が疲弊し、新しい人材も入ってこなくなり、徐々に減退していくのではないでしょうか。いずれにせよ、時代の波に乗れない企業は淘汰されていくはずです。森本登志男さん_インタビュー写真05

―― もう間もなく、そうした時代がくると。

森本そうですね。気づけばテレワークが当たり前の時代になっていると思います。今や当たり前になっている週休二日制も、多くの人はもはや、いつから制度が切り替わったのか覚えていないのではないでしょうか? それと同じで、テレワークもこのまま勢いが加速していけば、どこかで一気に人々の意識が切り替わるはずです。もう、それほど未来の話ではないと思いますよ。

取材協力:森本登志男
86年京都大学工学部合成化学科卒業後、宇部興産入社。ジャストシステム、日米のマイクロソフト勤務を経て2011年佐賀県最高情報統括監(CIO)に就任。県庁や県内の情報化を統括するとともに、ICTを活用した県庁全体の業務改革の推進に取り組んだ。現在は、キャリアシフト株式会社代表取締役、岡山県特命参与(情報発信担当)総務省地域情報化アドバイザー、総務省テレワークマネージャー、甲南大学非常勤講師などとして、全国で幅広く活動中。著書に「あなたのいるところが仕事場になる(大和書房)がある

企画・編集:はてな編集部
取材・文:榎並紀行(やじろべえ)
写真:南方 篤

はてな編集部
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