「薬をもらうこと」を簡単に――薬剤師・エンジニアを経て起業、気鋭の医療ベンチャーが見据える未来
病院に行きたいのに、仕事が終わった頃には閉まっている。もし運良く駆け込めても、今度は薬局が開いておらず、せっかく処方箋をもらったのに、薬をもらえない――この記事を読むあなたも一度や二度ならず、そんな経験があるのではないだろうか。
そのような「困った」を解決しようとする企業がある。薬剤師のオンライン医療相談サービスを運営するミナカラだ。
同社が手掛ける「ミナカラ薬局」(旧名称:ミナカラ)は、人々が日々感じる健康不安などについて、ネット上で医療情報を得たり、薬のプロである薬剤師に無料相談したりできるサービス。2014年のスタート以来、悩みを持つユーザーから着実に支持を増やしている。
ミナカラは、薬剤師経験を持つ喜納信也さんが中心となって2013年に設立したベンチャー企業。ネット上での相談サービスにとどまらず、薬剤師自らが患者のもとに薬を届ける宅配サービスを開始するなど、医療関係の課題解決に積極的に取り組んでいる。
同社がこれまでに解決してきたこと、そしていま取り組む“新しいチャレンジ”とは――。喜納さんと、同社でディレクターを務める仲村昌平さんに聞いた。
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薬剤師・エンジニアを経て起業 異色のベンチャーが挑んだ課題
取材に当たってまず驚かされたのは、喜納さんの「代表取締役薬剤師」という肩書。薬局で薬剤師として働いていた後に、ITエンジニアを経て起業した異色の経歴の持ち主だ。
「ITエンジニアとして働いているうちに、ITを活用することで、これまで以上に患者の医療関係の課題を解決できるのではという思いが高まっていきました」と喜納さんは振り返る。
その理由は、薬剤師業務の現場で実感していた数々の「不便さ」だ。患者が医師や薬剤師に相談したくても、対面や電話しか話を聞く手段がない。なかなか医療機関に行けない人は、医療サービスを受けられず、薬局で薬をもらうことも難しい――こうした課題を解決すべく、一念発起でミナカラを立ち上げた。
会社設立後、まず手がけたのがオンライン医療相談サービスのミナカラ(現ミナカラ薬局)だ。ユーザーは自らの健康に不安を持つ全国の人々。場所や時間にとらわれず、ネット上で医療情報を得たり、薬のプロである薬剤師に無料で相談したりできるようにした。
いざリリースしてみると、ユーザーからの反応は大きかった。リリース後約1年で月間100万人程度が利用するサービス規模に成長し、「患者さんの医療情報リテラシー課題が徐々に解決され始めたことを感じた」(喜納さん)という。
そこで次に取り組んだのが、情報提供だけにとどまらず、実際に患者が薬を受け取るプロセスまでを改善することだった。
薬剤師がバイクで薬を宅配 「このために原付免許を……」
医療機関になかなか行きづらい事情のある患者は、医療関係のあらゆることをオンラインで完結させたいはずだ。だが、病気を治すために薬をもらう場合、どうしてもオフラインでのやり取りが必要になる。
なぜなら、処方薬など一部の薬については「受け渡し時に薬剤師から対面で説明を受けないとならない」という規制があるからだ。それならば、薬剤師が患者のもとに直接薬を届ければいいのでは――こうして2015年9月に生まれたサービスが「おくすり宅配」だ。
おくすり宅配は、病院から出された処方箋をアプリで撮影するだけで、薬剤師が薬を調剤して家まで配達してくれるサービス。喜納さんは「自分自身もそれまで薬剤師免許しか持っていませんでしたが、配達のために原付免許を取りました」と笑う。
反響は大きかった。「特に、子育て中の母親からの支持は絶大でした」と喜納さん。小さい子どもを持つ親にとって、さまざまな患者が訪れる薬局はあまり居心地のいいものではない。慣れない雰囲気に子どもが泣いてしまうかもしれないし、他の患者から病気をうつされないか心配になることもある。そんな不安を取り除いたのが、おくすり宅配だったというわけだ。
歓迎されたサービスだったが、薬を配達できる薬剤師の人数にも限りがある。患者と薬剤師、いずれの「足」も使うことなく、遠隔にいても薬を届けられる方法はないか――そこで同社が着手したのが「遠隔服薬指導」(以下、オンライン服薬指導)だ。
患者と薬剤師をつなぐ オンライン服薬指導でこだわったこと
オンライン服薬指導は、電話やWeb会議システムなどを通じて患者と薬剤師が会話し、そこでの服薬指導をもとに薬を届けたり、患者が保険適用を受けたりできる仕組みだ。2018年6月から、国家戦略特区(兵庫県養父市、愛知県、福岡県福岡市)内でオンライン服薬指導が許可されている。
ミナカラも特区に向けて、オンライン服薬指導サービスの開発に乗り出した。そこでこだわったのが、患者と薬剤師をつなぐ「Web会議」の使いやすさ、快適さだ。
「医療サービスという特性上、PCやネットにあまり慣れていない高齢の方も利用します。どんな人にとっても使いやすいオンラインサービスをいかに構築するかが、開発に当たって1つのポイントになりました」と仲村さんは振り返る。さらに、服薬指導時の録画を残しておける仕組みも欠かせなかった。
「今回、国家戦略特区で許可された遠隔服薬指導において、薬局側がその記録を1カ月残すことが厚労省から義務付けられているため、録音・録画機能は必須でした。また、保険証や薬の説明書といった文字情報を見せるため、画像の鮮明さにもこだわりました」(仲村さん)
そうした条件から同社が目を付けたのは、Web会議サービスを手掛けるブイキューブが国内提供を始めた「Agora.io」だった。
Agora.ioは、Webサイトやスマートフォンアプリに簡単にビデオ通話やライブ配信を組み込めるSDK(ソフトウェア開発キット)。遅延の少なさと安定性に優れ、任意のサーバへの録音・録画機能も備えている。
自社サービスに組み込む開発期間中は無料で使え、リリース後も利用分数に応じた従量課金のみでオプション費用は不要。このように低コストで利用できる点も、Agora.ioの導入を後押しした。
「Agora.ioはわれわれが求めていた条件を満たすだけでなく、国内提供元であるブイキューブさんの社内にヘルスケア領域に特化したような部署があり、オンライン診療やオンライン服薬指導の知見や理解があった、というのも大きな決め手になりました」(仲村さん)
提供元からのサポートを受けながら、ミナカラオンライン医療アプリは約3カ月というスピード感をもって完成した。そのうち、Agora.ioのSDKを組み込むのに要した時間はわずか1カ月だったという。仲村さんは「かなりスムーズに導入できた」と振り返る。「不具合や不明点があったときも、問い合わせに対するブイキューブさんのレスポンスが早く助かりました」
「シンプルで使いやすい」 導入中の地域からすでに反響が
こうして2018年4月にリリースされた「ミナカラオンライン医療」は、患者にオンライン診療・オンライン服薬指導から薬の配送までトータルで提供するサービスだ。
現在は特区のうち兵庫県養父市に導入している最中で、医師、薬剤師、患者に説明しながらフィードバックを受けている段階だ。ただ仲村さんによると、すでに「シンプルで使いやすいという声を各方面からいただけている」という。
「薬剤師の中には、PCの操作に慣れていない人もいます。しかし、使い方を説明し、少し触ってもらうだけで、全員がすぐに理解して操作できるようになりました」と仲村さんは話す。その使いやすさから、特区内の主要ユーザーとして見込まれている年配者も自然に利用できており、遅延の少なさや画像の鮮明さについてもユーザーの評価は高いという。
「今後も医師、薬剤師、患者さんから『こうしてほしい』といった声をいただくことがあると思います。そうした点についても、ブイキューブさんと二人三脚で改良していければと考えています」(仲村さん)
全ての人に開かれたオンライン服薬指導を目指して
2018年現在、オンライン服薬指導は特区のみで認められている。政府内での議論の状況などにもよるが、「遅くても2020年代前半には、規制緩和によって全国解禁されるのではないか」と喜納さんはみる。
オンライン服薬指導が一般化したとき、メリットを受けられるのはどのような人だろうか。仲村さんは、特区で効果が期待されているような「近隣地に医療機関がない人」「身体の都合で薬局に行きづらい人」だけでなく、主婦・主夫や、都市部で働くビジネスパーソンなどにも価値があるのではないかと期待する。
「おくすり宅配サービスで分かったように、オンライン服薬指導も子育て中の親や、忙しい人にニーズがあると考えています。すぐ近くに薬局があるのに、行く時間がなかなか取れない人はたくさんいるはずです。全国的にオンライン服薬指導が認められれば、そうした方々の課題も解決されていくのではないでしょうか」(仲村さん)
「オンライン医療という新しい産業が生まれ、診療を受ける全ての人の5%でも使ってくれるようになれば、人々の生活も変わってくると思います」と喜納さんは話す。さまざまな事情から病院や薬局に行けない、薬をもらえないという“我慢”が過去のものになる――そんな日が、遠くないうちに全国規模で実現するかもしれない。
転載元:ITmedia NEWS