小1の壁とは?育児期の家庭が直面する問題とその対策

子どもがある程度大きくなった小学校入学というタイミングで、離職を考える人が少なくないのをご存知でしょうか。これは、いわゆる「小1の壁」と呼ばれるもので、一橋大学准教授の高久玲音氏の調査によると、子どもの小学校入学とともに母親の就労率はおおむね10%低下していたそうです。

そこで今回は、子どもの小学校入学のタイミングで、仕事と育児の両立が困難になっている理由と実態、国や自治体が行っている対策を解説した後に、企業が取り組むことのできる施策について紹介します。制度を導入するだけではない、取り組み方のポイントもあわせて説明しますので、既に対策済の企業も見直す参考にされてください。

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聞き慣れない「小1の壁」とは?

何をするのも親の手が必要だった小さな子どもが、小学生になると、自分でできることが増えてきます。親にとっては、子育てが年々楽になってきたと感じる頃でしょう。一方で、子どもが小学生になると、仕事と子育ての両立が、歯車が狂ったかのように難しくなります。その理由は、大きく3つです。

1.平日の学校行事が多い

保育園の行事は、就労している保護者の都合を考慮して、基本的に土曜日や日曜日に行われることが大半ですが、小学校ではほとんどの行事が平日の昼間に実施されます。専業主婦が前提だった社会の風習が小学校には残っているのです。

特に4月、5月は、入学式や授業参観、PTA、家庭訪問など、平日に仕事の調整を余儀なくされます。最初の2カ月間だけで、少なくとも有給休暇を4日取得しないといけないと思うと、この先、仕事を続けていけるのだろうかと、不安になってしまうのも無理はありません。

それに加えて、PTA役員など、子どもにかかわる仕事も増えてきます。

2.就業時間と学校の時間が合わない

一般に延長保育を利用すれば19時頃まで預かってくれるのが保育園です。一方で、小学校は親の就労の有無によらず、1年生は15時頃には下校し、夏休みなどの長期休暇もあります。つまり、親が帰宅するまでの放課後および休暇の過ごし方、居場所について考えておかないといけません。

小学1年生という年齢は、子どもが1人で過ごすには、親としてはまだ不安を感じる年頃です。そうすると、後述する学童保育が最大の選択肢になりますが、待機児童がいる上に、通えても18時半までの預かりというケースも多く、就労が困難になってしまうのです。

3.子どもへのサポートがより必要に

子どもが小学生になると、自分の意志が強くなり、子ども同士の世界が広がります。学童保育には通いたくないと主張したり、習い事を始めたくなったり、学校帰りに友達と遊びたかったり……。そういった気持ちをくんだ対応が親として求められるようになります。

また保育園は、迎えのタイミングで先生と直接話ができ、子どもの様子を把握しやすかったのに対して、小学校は子ども経由でのやり取りが主となり、親としては見えない不安が強くなります。いじめの問題も出てくる時期です。そんな中で、学校の準備、宿題のサポートなど、保育園のとき以上に子どもへのサポートが必要になってくるのが小学1年生と言えます。

大事な子どものことですから、子どもの意志を尊重してあげたい、できるだけサポートしてあげたい、そう思うのが親心でしょう。でも仕事をしていると、時間的にできないこともあり、結果として親は仕事と子育ての両立に悩んでしまうのです。

小1の壁がもたらず「退職」と「転職」の実態

次に、どの程度の人が子どもが小学1年生になるタイミングで、退職をしたり、働き方を変えたりしているか、見ていきましょう。

1.長子の年齢による就労への影響

一橋大学准教授の高久玲音氏は、1995 年から 2010 年の『国民生活基礎調査』のデータを用い分析し、当該期間において、子どもの小学校入学とともに母親の就労率はおおむね 10 % 低下していたとする論文を発表しています(2019年6月号『日本労働研究雑誌(No.707)』)。

就労への影響

(出典:日本労働研究雑誌(No.707)

縦軸が母親の就労率、横軸が最初の子どもである長子の月齢を表し、小学校入学がゼロとなるように基準化されています。長子が小学校に入学する36カ月前から就労率は上昇し、小学校入学のタイミングで減少しているのが分かります。

2.末子の年齢による就労への影響

平成30年 国民生活基礎調査』では、末子の年齢別に「正規の職員・従業員」「非正規の職員・従業員」「仕事なし」の割合を公開しています。

末子の年齢階級別にみた母の仕事の状況の年次推移

(出典:平成30年 国民生活基礎調査

「正規の職員・従業員」の2018(平成30)年のデータを見ると、小学校の入学に該当する6歳で減少し、5歳のときの割合に戻るのが小学校を卒業する「12~14歳」です。つまり、子どもが小学生の間は、正規の職員・従業員として働く難しさがあるということでしょう。

一方で「非正規の職員・従業員」については、小学校入学時の6歳で増加し、その後も大きくは変わりません。6歳のタイミングでの増加については、新規で非正規の仕事に就いた人に加えて、正規の職員から非正規に変わった人も含まれます。また「仕事なし」の割合は、子どもが大きくなるに従い、減少傾向にありました。

他にも大阪市が、市内の公立小学校1年生の保護者の女性を対象に行った調査では、小学校入学を期に退職した人が6.0%、転職をした人が9.8%、就労時間が短くなった方が2.6%、正社員から就労形態が変わった方が2.3%という結果が出ています。

調査時期、調査方法が異なるため、長子の場合、末子の場合を単純に比較することはできませんが、長子、末子にかかわらず、子どもが小学校へ入学するタイミングで、正社員として働き続ける困難さがあるのは明らかでしょう。その半面、転職をしたり、就労時間を短くしたり、正社員から契約社員、パート、アルバイトなどに変えたりすることで働き続けられている人も一定層いることが分かります。

国や自治体が行っている「小1の壁」への対策

「小1の壁」については、政府も認識しており、国や自治体も対策を行っています。その主なものが「学童保育」です。その他、スポット的に利用できる「ファミリーサポートセンター」や「病児・病後児保育」について、どのような対策なのか解説します。

その1:学童保育

放課後に子どもを預かってくれるのが「学童保育(正式名称:放課後児童クラブ)」。自治体が運営しているものの他に、民間が運営している学童保育もあります。子どもたちは、放課後、児童支援員が見守る中、おやつを食べ、宿題をしたり、遊んだりして過ごします。

小学校の入学前に募集が開始され、4月1日から通えるところがほとんどです。

ただし、学童保育には課題もあり、利用したくても利用しにくい現実があります。主な課題は、3つ。

1つめは「待機児童の問題」です。厚生労働省の発表によると、2018年5月1日現在、待機児童数は1万7279人(前年比109人増)で、そのうちの4割以上が東京、埼玉、千葉で占めています。また小学1年生の待機児童数は2667人です。

待機児童は、申し込んだのに利用できなかった数ですので、諦めて申請しなかったケースや祖父母に面倒をみてもらっているケース、習い事などに通うことで放課後の時間を過ごしているケースは含まれません。「良い学童があれば利用したい」と考えている層をあわせれば、さらに待機児童は増えるでしょう。

もちろん政府も対策を行っており、学童保育の受け入れ児童数を2021年度末までに25万人分を整備し待機児童をゼロに、2023年度末までに計30万人分の受け皿を整備するという数値目標を打ち出しています(「新・放課後子ども総合プラン」より)。

この目標が達成されれば、2023年度末までに約152万人が学童保育を利用できることになり、待機児童の問題は解消される見込みです。

2つめは「利用時間の問題」。18時半を超えて開所している学童は、全体の約半数にすぎません。学童を利用したくても、迎えが必須の場合は閉まる時間に間に合わなかったり、子どもが1人で帰宅できる場合は、子どもが自宅で1人で過ごす時間ができてしまったりと、時間の面で利用しにくい現状があります。

3つめは「質の問題」です。学童では、「1カ所(約40人)につき、指導員2人以上」の配置基準が定められていました。しかし、人員確保の難しさから要件の緩和を求める声があがり、国も拘束力のない参考基準にするように方針を転換しています。

低学年の子どもたちが集まれば、ケガの手当をしたり、ケンカの仲裁に入ったりと、指導員が1人では、目が行き届かなくなってしまうのは想像に難くないですね。親としては、大切な子どもを預けても大丈夫なのかと不安を感じ、仕事との両立に悩むのです。

その2:ファミリーサポートセンター

地域に住む育児のサポートを受けたい人と、援助をしたい人、それぞれが会員となり、助け合える組織が「ファミリーサポートセンター」です。全国の市区町村が運営しています。

放課後や休日の子どもの預かりや、学童への迎えなどの依頼が可能です。またファミリーサポートセンターの中には、病児・病後児の預かりを実施しているところもあります。

サポートする側は、研修などを受けていますが、特に資格などは必要なく、近所の人にお願いするという感覚に違いでしょう。利用料は自治体により異なり、平日1時間当たり700円程度です。毎日(20日)、1時間利用すると、1カ月で1万4000円かかる計算になります。

その3:病児保育・病後児保育

子どもが体調不良で学校を休んだときなどに利用できるのが「病児保育」で、市区町村が運営しています。その多くは、病院や診療所、保育所等に併設されています。自治体や所得により料金は変わりますが、概ね1日、2000円程度です。小学校6年生まで利用できます。

定員があるため申し込めば必ず利用できるというわけではありませんが、仕事を休めないときなどは、とても助かる制度です。

企業が取り組むことのできる「小1の壁」への対策

ここからは、「小1の壁」に悩む従業員が、どうしたら働き続けられるのか、企業としてできる対策をご紹介します。

時短勤務(短時間勤務)

一日の労働時間を短縮して勤務できる「時短勤務(短時間勤務)」制度。1日の所定労働時間を原則6時間以下とするもので、事業主は2009年に導入を義務付けられました。義務化された時短勤務制度の対象者は、3歳に満たない子を養育する労働者です。つまり、3歳以上の子どもを持つ人にも時短勤務を認めるかどうかは、企業の判断になります。

前述した通り、就業時間と学校の時間が合わない点は、小学生の子どもを持つ親の悩みですので、その課題を解決する方法のひとつとして時短勤務は有力な選択肢となるでしょう。

ただし、時短勤務者が増えてしまうと、会社にとっては労働力不足につながります。また働き手にとっても労働時間が短い分、給与も少なくなってしまい、時短勤務を選択すべきか悩む方も少なくありません。

在宅勤務

労働時間を短くすることで働きやすい環境を整えるのが「時短勤務」だとすると、フルタイムに近い形で働きたい従業員をサポートするのが「在宅勤務(テレワーク/リモートワーク)」と言えるでしょう。近年の人手不足は深刻ですから、フルタイムで働いてもらえるのは企業にとっても大きなメリットになります。

自宅で仕事をする「在宅勤務」は、通勤時間が不要です。つまり、子どもを迎えに行くギリギリまで仕事ができるため、会社への出勤であれば、時短勤務を選択しないといけなかった人が、在宅勤務ならフルタイムで働ける人も出てきます。

在宅勤務を時間単位で選べる場合は、午前中は会社に出社して仕事を行い、午後から帰宅して在宅勤務を行うといった働き方もできますね。

小学生になれば、一人で静かに宿題などをして、親の仕事が終わるのを同じ自宅内で待つこともできますので、学童保育に通えなくても、在宅勤務であれば、大きな不安もなく仕事を継続できます。

またちょっとしたことですが、子どもが帰宅したときに、表情を見て、一言「おかえり」と声を掛けられるのは、親として嬉しいものです。自然災害などが起きたときにも、自宅で仕事をしていれば、すぐに学校へ迎えに行けるのも親子の安心につながります。

以上のように在宅勤務を導入するだけでも働きやすくなりますが、「時間単位の有給取得」「始業・終業時刻の繰り上げ・繰り下げ(時差出勤の制度)」「中抜け」を可能にすると、より柔軟に力を発揮しやすくなるでしょう。

小学校は前述した通り、平日に学校行事が行われます。そのときに1日単位でしか有給が取得できないと、2時間ほどの外出であっても、1日休まないといけません。これを時間単位の有給取得を可能にすることで、必要な時間の分だけ休み、残りの時間は仕事をすることができるようになります。

兄弟がいると、子どもの用事で仕事を休まなくてはいけない機会が増え、有給休暇がなくなってしまう……と不安になる人もいます。でも時間単位で取得できると、そんな心配もなくなりますね。

また時差出勤や中抜けを可能にすると、通常9時~18時(8時間勤務)の勤務であっても、8時に始業し、14時まで勤務後、授業参観に参加。その後16時に戻り19時まで働くといった働き方が選べます。この場合、有給休暇を取得する必要がなく、規定の8時間の勤務が可能となり、仕事への影響を限りなく抑えることができます。

(働き方の一例)

8:00

始業

8:00~9:30

資料作成

9:30~10:30

社内会議に参加(Web会議)

10:30~11:30

報告書の作成

11:30~12:00

メールチェック

12:00~13:00

昼食

13:00~14:00

外注先と電話でミーティング

14:00~16:00

授業参観に参加

16:00~18:30

資料作成

18:30~19:00

メールチェック

19:00

終業

有給休暇は、家族旅行や自分自身の余暇のために使うことができるようになり、仕事をしっかりと行いつつ、プライベートも充実させやすくなるでしょう。ワークライフ・バランスの向上にもつながります。

どの働き方がベストかは個人差があり、仕事が繁忙期かどうかによっても変わってきます。このため、その時々で各自がベストな選択ができるよう会社としては、可能な範囲で選択肢を増やすことを考えてはいかがでしょうか。

「小1の壁」への理解促進

保育園に通う小さな子どもを持つ親への理解は、ここ数年でかなり企業内で進みました。それに比べると「小1の壁」への理解は、まだまだです。働く側としては、ちょうど中間管理職になる世代でもあり、弱音を吐きにくく、人知れず大きな不安を抱えているかもしれません。

「小学生だからこそ、忙しさがあるよね」と上司や同僚、後輩に理解してもらえるだけでも、気が楽になるものです。

今は、育児だけではなく、介護やご自身の体調不良など、さまざまな事情を抱えながら働き続ける人が増えています。会社に伝えられず、ひとりで試行錯誤している方もいるかもしれません。

プライベートな事情と片付けるのではなく、小1の壁も含め、そうした事情と仕事との両立について話をする機会を設けると、社内の雰囲気が変わっていくでしょう。

これからの「小1の壁」の行く末

労働力不足が叫ばれ、求人を出しても以前のような反応が得られない社会になってきました。その中で、小学生の子どもを持つ子育て世代をいかに、会社の戦力とできるかが、今後の企業の将来に大きく影響すると言っても過言ではありません。

政府は学童保育の充実に取り組んでいますが、指導員の不足などもあり、親が望むような形になるまでにはまだ時間がかかるでしょう。

でも企業の従業員確保は、近々の問題。政府主導の対策を待っていては、社会の流れに乗り遅れてしまいます。やはり、企業としてできることを今から進めていくことが大切です。

近年は「在宅勤務」を導入する企業も増えてきました。でもしっかりと制度が根付いている企業は少ないのが現実です。

在宅勤務が必要な人がいるという理由で導入をしたものの、事情がある特別な人のみが選択できる制度になってしまい、社内の理解が進まなかったり、当たり前の誰もが選べる制度になっていなかったりという企業もあるでしょう。また在宅勤務の効果が出ずに悩む企業も存在します。

新しい制度の浸透には、制度を作るだけではなく、従業員の理解促進が欠かせず、時間がかかります。だからこそ、今すぐに対策を行った企業と様子見で何も行わなかった企業とでは、数年後に明らかな差となるでしょう。

まとめ

小学1年生の子どもを持つ従業員は、ちょうど中間管理職へとキャリアップする世代です。仕事で期待が集まる中、プライベートでは育児と仕事の両立に悩んでいる人も少なくありません。実際に、10%程度の人がこのタイミングで仕事を辞めているというデータもあります。

近い将来、労働力不足とならないよう今から企業としてできる対策を行っていきたいですね。労働時間を短縮することで働きやすくするなら、「時短勤務」の制度を子どもが小学校に入学しても利用できる形にするのがいいでしょう。

できるだけフルタイムに近い形で働いてもらいたいなら、「在宅勤務」制度の導入をおすすめします。通勤時間がない分、フルタイムで働きやすくなります。また、自宅で仕事ができることで、子どもの帰宅が早い場合も対応しやすくなるでしょう。新制度が根付くためには時間がかかります。早めの対策をおすすめします。

戸栗 頌平
著者情報戸栗 頌平

B2Bマーケティングを幅広く経験。外資系ソフトウェア企業の日本支社立ち上げを行い、創業期の全マーケティング活動を責任者として行う。現在東京在住。2019年はフィリピンに在住し日本企業のBtoB活動を遠隔支援、場所にとらわれない働き方を通じ、マーケティング支援の戦略立案から実行までの支援を行なっている。Facebookは こちら。Twitterは こちら。LinkedInは こちら。ウェブサイトは こちら

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