人的資本経営でビジネスはどう変わる?注目の背景と取り組みのステップを紹介

近年注目を集めている経営スタイルが、「人的資本経営」です。人的資本経営は人材を「資源」ではなく「資本」として捉える経営のことで、従業員のスキルや知識を高めて人材の価値を最大限に引き出すことを重視します。

経済産業省が推進していることもあり、人的資本経営に取り組みたいと考えている企業も多いのではないでしょうか。本記事では、人的資本経営の概要や注目される理由、取り組むメリットなどを解説しているので、ぜひ参考にしてください。

人的資本経営とは

経済産業省は、人的資本経営を以下のとおり定義しています。

人的資本経営とは、人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方です。

※引用:人的資本経営 ~人材の価値を最大限に引き出す~

従来の経営では、人材を「資源」と捉えていました。この場合、人材の採用や育成、教育などにかかる費用は、コストとみなされます。

一方、人的資本経営は人材を「資本」と捉えるのが特徴です。人材にかける費用は投資という位置付けで、人材の価値を最大限に引き出すことで企業としての価値向上を目指します。

人的資本とは

人的資本とは、従業員の能力や意欲、経験などを指します。企業が有する資本は有形資本と無形資本の2つに大きくに分けられ、人的資本は無形資本のひとつです。

内閣官房は2022年に「人的資本可視化指針」を策定しており、企業価値向上のための推進力の中核要素として人的資本への投資を挙げています。

また、有価証券を発行する大手企業約4000社については、2023年3月31日以降に終了する有価証券報告書による人的資本開示が義務化されました。対象の企業は、人材投資の費用や従業員満足度、女性管理職の比率などを有価証券報告書に記載しなければなりません。

このように、人的資本は企業において重要視すべき資本のひとつといえるでしょう。

人的資本経営が注目される理由

人的資本経営が注目されているのは、企業が人材を大切にすることの重要性が高まっているためです。ここでは、その背景として企業を取り巻く3つの事情をご紹介します。

人材流動性の高まり

日本では人材流動性が高まっていて、賃金や労働環境などの改善を目的に転職する人が増えています。2022年に株式会社マイナビが実施した調査では、2022年の転職率は7.6%と、2016年以降でもっとも高い水準となりました。

また、少子高齢化などが要因で、働き手不足も問題になっています。2022年の日本商工会議所の調査では、全国の中小企業の64.9%が「人手が不足している」と回答しました。

このような状況のなか人材の流出を防ぐには、それぞれが能力を発揮できる環境や満足できる待遇などを整えることが大切です。先述した株式会社マイナビの調査では、転職を始めた理由として仕事内容や待遇への不満などが上位に入りました。

人的資本経営では、従業員一人ひとりを資本として捉え、個性や能力を十分に発揮できるよう投資を行います。人的資本経営に取り組むと、従業員が転職を考える要因を取り除くことにつながるため、人材確保の観点からも注目されています。

ESGへの取り組み

ESGは、「Environment:環境」「Social:社会」「Governance:ガバナンス」の頭文字を取ったものです。気候変動や人権などさまざまな問題が顕在化しているなかで、企業活動においてもESGを重視することが求められています。

世界ではESGに配慮しているかどうかで投資先を選ぶ「ESG投資」の投資額が伸びていて、このことからもESGへの取り組みの重要性が伺えます。2020年の世界のESG投資残高は、2018年より15.1%アップしました。

人的資本は、ESGのS(Social:社会)のカテゴリーに該当します。ESGへの取り組みが求められるなか、環境への配慮や法令遵守などと併せて、人的資本経営の実施も重要です。

※参考:GSIA「Global Sustainable Investment Review 2020」を発表

人的資本に関する情報開示

先ほど紹介したとおり、有価証券を発行する大手企業約4000社には人的資本に関する情報開示が義務付けられました。2023年9月時点では、中小企業にはまだ開示義務はありませんが、今後対象が広がる可能性は否定できません。このように国が推進していく姿勢であるのも、人的資本経営が注目されている要因のひとつです。

人材版伊藤レポートについて

人材版伊藤レポートとは、2020年9月に経済産業省が公開した「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書」の通称です。同研究会の座長である伊藤邦雄氏の名前にちなんで付けられました。人的資本経営が求められるようになった背景や経営陣が果たすべき役割など、人的資本経営に取り組む上で知っておきたい内容が体系的にまとめられています。

その後、人材版伊藤レポートの内容をさらに深掘りするための「人的資本経営の実現に向けた検討会」が設置され、同レポートに実践事例集を追加してまとめた「人材版伊藤レポート2.0」が2022年5月に公開されました。

人材版伊藤レポート2.0では、人的資本の重要性を理解し、人体資本経営を具体的に実践していくためのアイデアが提示されています。人的資本経営に取り組む際には、ぜひ参考にしてください。

※参考:「人材版伊藤レポート2.0」を取りまとめました

人的資本経営に取り組むメリット

従業員を大切にする人的資本経営は、従業員側のメリットばかりが大きいように感じるかもしれません。しかし、企業にとっても多くのメリットがあります。ここでは、人的資本経営に取り組んだ際の企業側のメリットを3つご紹介します。

組織の競争力向上

従業員を資本と捉える人的資本経営に取り組むと、「従業員を大切にしている」企業というイメージとなります。このようにプラスの企業イメージがつけば顧客から選ばれる可能性が上がり、競争力向上につながるのが大きなメリットです。

また、人的資本経営は従業員や求職者にとっても魅力があり、人材の流出を防ぎながら優秀な人材の獲得につながるという効果もあります。人材確保の観点からも、競争力の向上が目指せるでしょう。

従業員の満足度とモチベーションの向上

人的資本経営は人材を資本として投資する経営スタイルのため、従業員が「会社から大切にされている」と感じられます。

自身を大切にする企業に対しては忠誠心を持つようになり、従業員エンゲージメントの向上が期待できます。「会社に貢献したい」「会社に役立つスキルを身につけたい」といった感情が芽生え、生産性アップやイノベーションの創出なども期待できるでしょう。

長期的な組織の成長と安定

企業の成長と安定のためには、売上の維持や向上、新規事業の立ち上げなどが求められ、そのためには顧客から選ばれる存在になることや、優秀な人材確保が欠かせません。

人的資本経営は従業員満足度を向上させて人材の流出を防いだり、企業イメージを向上させて競争力を向上させたり、さまざまなメリットがあります。このように、人材資本経営は長期的な組織の成長と安定のためにも欠かせない経営手法です。

人的資本経営への取り組み方

人的資本経営には企業側にもメリットがあることがわかりましたが、具体的にどのように進めればいいのかわからないという企業担当者の方も多いのではないでしょうか。ここでは人的資本経営に取り組む際の4つのステップを紹介します。

人的資本の評価と分析

はじめに、現在の人的資本の評価と分析を行います。現在の人的資本を把握するには、従業員ごとのスキル・経験・在籍部署・在籍年数などをまとめた「人材ポートフォリオ」の作成が効果的です。どの部署にどのような人材がいるのかを可視化することで、理想と現状とのギャップやこれからとるべき戦略などが見えてきます。

戦略的な人材育成と配置

現状を把握したら、具体的な戦略を検討して実践します。具体例としては、保有するスキルや経験を最大限に活かせる部署への異動、求めるスキルを有する人材の採用、現状の人材の価値を底上げするためのリスキリングなどが挙げられます。このように、理想と現状のギャップを埋めるためにどのような施策が必要なのかを洗い出し、実践してください。

パフォーマンスの評価とフィードバック

人材育成や配置転換などの施策を実施したら、パフォーマンスの評価とフィードバックを行います。施策を実施して終わりではなく、効果測定を実施して、必要に応じて改善策の検討に取り組むことが大切です。戦略を実施する際に、KIPを設定しておくと評価やフィードバックがしやすくなります。施策の効果を最大限にするために、定期的にモニタリングしてPDCAを回しましょう。

継続的な学習と成長の機会の提供

企業は従業員が継続的に成長していけるように、機会の提供や制度の整備に取り組むことも大切です。市場の変化やデジタル技術の進歩などによって、習得すべきスキルが変化していくことが予測できるため、継続的な支援が求められます。学習や成長を従業員任せにするのではなく、従業員一人ひとりが希望するキャリアパスを実現できるよう、リスキリングや学び直しの制度を整えましょう。

まとめ

人材流動性やESGへの関心が高まっている近年、人材を資本として捉える人的資本経営が注目されています。人材版伊藤レポートの公開や人的資本に関する情報開示を義務化するなど、政府も人的資本経営を推進していることがわかります。人的資本経営には競争力や従業員満足度の向上などさまざまなメリットがあるため、ぜひ導入を検討してみてください。

また、「ブイキューブのはたらく研究部」を運営する株式会社ブイキューブでも、人的資本経営に関する情報開示を行っています。詳しくは下記のリンクより御覧ください。

人的資本経営に関する情報開示 - ブイキューブ | ピープル・サクセス サイト 

 

山本脩太郎
著者情報山本脩太郎

ブイキューブのはたらく研究部 編集長?部長? 2018年株式会社ベーシックに新卒入社。 インサイドセールスを経て、マーケティングメディアferretの編集部でインタビュー記事を中心とした企画・執筆などを担当。 同時期に数社のコンテンツマーケティング支援・インタビュー取材を経験。 2020年3月に株式会社ブイキューブに入社。

関連記事