勘違いされがちな「ダイバーシティ」と女性活躍の関係性
近年、「ダイバーシティ」「多様性」といった言葉をよく耳にするようになりました。不思議なもので何度も耳にしていると、あたかも理解したような気になってしまうのが言葉です。ダイバーシティとは、女性活躍に関する言葉だろう、働き方改革に関するものだろう、そんな誤解が今も多く残っています。
ますますグローバル化される経済の中で、日本の社会、企業にとって、ダイバーシティの推進は欠かせないものになるでしょう。そうなったときに、女性活躍という限られた側面からだけダイバーシティという言葉を捉えていると、壁にぶつかります。「女性が働きやすいように、こんなに制度を整えたのに、うまくいかない」といったことにもなりかねません。
ここでは、企業がさらに力をつけ、高い価値を提供し続けていけるよう、「ダイバーシティとは何か」を分かりやすく解説します。
目次[ 非表示 ][ 表示 ]
ダイバーシティと女性活躍
ダイバーシティとは、日本語では「多様性」と訳されます。詳しい説明は後述しますが、要は多様な人を認めようということです。その多様な人の中で注目が集まったのが、「女性」というカテゴリーにくくられている人たちでした。
女性活躍が求められる男性偏重の企業社会
少子高齢化の影響で、労働者不足が深刻化。それを解消する目的で、政府も企業も注目したのが女性の活躍です。
しかし、皆さんご存じの通り、従来の日本企業の働き手は男性の正社員を前提としたものでした。就業規則、会社のルールなどは、定時に出社し、フルタイムで働き、残業をするのが当たり前と考えて作られ、それができないと非正規雇用で働くか、退職するかしか選択肢がなかったのです。
また企業は、女性は結婚や育児で退職する前提で採用していました。その結果、女性は事務職や男性の補助的な仕事に従事する人が大多数だったのです。
日本の女性は、男性と同じ教育を受けて育っているにもかかわらず、女性だからという理由で、職業選択のチャンスが少なく、就職後も経験を積む機会が与えられてきませんでした。
でも年々深刻化する働き手不足に、そうも言ってられなくなったのが現在です。女性管理職比率の目標値を設定したり、家庭や育児と両立しやすい制度を整え、女性が働き続けやすい環境を作ったり、企業として女性の活躍推進に力を入れています。
本来のダイバーシティとは
日本で「ダイバーシティ」と言うと、経営面から多様な人材をどう管理するかというダイバーシティ・マネジメントに重きをおいた話が多いです。
一方でアメリカだと、ダイバーシティはビジネスに限った話ではなく、個人と社会の両面から捉えられています。自分が自分であることに誇りを持って生きていくことを意味するのが個人という観点から見たダイバーシティ。そして一人一人が違うことを認め合い、協力して豊かな創造性を生むことのできることを意味するのが社会という面から見たダイバーシティです。
日本では、ダイバーシティというと、性別や人種、障がいの有無など目で見える多様性に注目しがちです。
100名の新入社員の中で、男性が98名、女性が2名だっとしましょう。一瞬見渡しただけで、「男性が多い会社だな」という印象を持つ方がほとんどでしょう。そして、数の少ない女性は、目立ちますし、女性という理由だけで仲間意識が芽生え話しかけやすかったりするものです。
でも、よく考えていただくとお分かりだと思いますが、2名の女性に共通しているのは、「女性」というだけです。男性も同様で、98名の共通点は「男性」ということだけ。男性にも女性にも、多様な人がいて、多様な才能を持っています。
ひとくくりにされがちな身体障がい者も同様で、多様な人がいて、多様な才能を持っているのです。
つまり、ダイバーシティとは、性別などのカテゴリーでくくった多様性ではなく、個人を尊重することに他なりません。
従来の日本社会は、同質的であることが強みのように言われてきました。今も「周囲の空気を読む」ことが大事にされている側面もあります。実際、調和がプラスの効果を生み出した結果、今の日本があるのでしょう。
そうした風土がある中で、企業として何もせずに、多様な人材だけを採用したとしても、単にバラバラの組織が生まれてしまいます。「あいつは、空気を読まない」「新入社員の立場で、上司に意見するとはけしからん」などと不協和音すら生まれてしまうかもしれません。
企業がダイバーシティに取り組む目的は、個々の力が最大限に発揮されることで、より良い結果に結びつけること。多様な人材が協力をして仕事をしようとするとき、多様な視点を生かせると、企業は強くなれます。
従業員目線で考えると、自分の視点で物事を考え、発言していかないと、生き残れないということになります。
女性だからといった特性を生かして仕事をするのがダイバーシティではありません。身体的な違いは当然ありますが、顧客が女性だから、ここは女性に任せようというのではなく、もっと個人の能力に目を向け、その人が持っている能力を最大限に生かせるような仕組み作りが大事ということです。
当然、経営者や人事部は、どんな人も公平に人事評価がなされ、キャリアを積んでいくことができる組織作りを考えていかないといけませんが、それ以前に大切なのが「多様性の大切さへの理解」です。
多様性の大切さの理解
多様性を企業の戦略にするためには、お互いの理解と多様な視点で物事を考え発信していくことの大切さの周知が必要です。
お互いを理解するためには、個々の話に真摯に耳を傾けると同時に、相手が持つ文化や背景の違いを知り、言葉や態度が何を意味しているのかを考えられなくてはいけません。
「申し訳ありません」というお詫びの言葉一つとっても、事を穏便に済ませるために、まずは謝るという使い方をするときもありますし、損失に対しての責任までを意味することもありますね。こうした部分を正確にとらえられないと誤解が生じ、信頼関係の構築が難しくなります。
表面上の言葉ではなく、なぜそう考えているのかまで想像を働かせると、違う意見のように見えて、本質では同じことを言っていることに気付いたり、課題は別のところにあることに気付いたりすることがあるでしょう。
その上で、個々が自分なりの視点を持ち発言できる必要があります。
従業員が自分の視点を持つためには、仕事以外の部分が大事になってくるでしょう。
例えば、就業時間をできる限り短縮した組織作りをすることで、従業員はセミナーや異業種交流会に参加したり、副業にチャレンジしたり、家事や育児をしたり、会社の仕事とは別の体験、経験を積むことができます。そうした体験が、新たな視点を生み、仕事にプラスの効果を生み出すのです。
企業にとってのワークライフバランスの施策やテレワークをはじめとした多様な働き方の導入も同様で、仕事以外の時間を充実させることで、そこでの体験が、その人の新たな視点となり、仕事へフィードバックされることを期待しています。
つまり、多様性を認める働き方イコール、従業員のわがままを許す環境作りではありません。自分は毎日在宅勤務をしたいと言う人がいても、結果が伴っていなければ出社をお願いすればいいのです。
ダイバーシティの推進は、どんな人も受け入れられると同時に、誰もが自分の視点を持ち会社に貢献できる組織作りを行っていくことを意味します。
ダイバーシティの例
次に、ダイバーシティの例をご紹介します。本来、ダイバーシティとは性別や人種、障がいの有無など目で見える多様性を意味するものではないと述べました。
一方で、企業が最初の一歩を踏み出す際は、「男性 正社員」以外のマイノリティの中で、割合が高かったり、取り組みやすかったりする人々が活躍できる組織作りから考えていくのは、有効です。少数派と言われる人たちが、ほんの数人でも組織に入ってくると、相対的な力関係が変わり、組織が変わります。
そして次のステップとして、少数派と呼ばれる多くの人たちを含めた全員が活躍し、多様な視点を生かした企業経営を進めていくといいでしょう。
女性活躍
多くの日本企業において、マイノリティと言われる人の中で最も割合が多いのが、女性です。単に性別の違いの問題ではなく、日本の社会では家事や育児の多くの部分を女性が担っているのが現実。どうしても仕事に充てられる時間的な制約があります。
また女性は結婚退職することが前提で採用されていた時代があり、入社後に男性のような経験を積めていません。
こうした背景を踏まえて、女性が活躍できる組織へと変わっていく必要があります。
家事や育児は、優先順位を決めて進める必要があり、一般に女性はマルチタスクに優れていると言われています。また「空気を読む」ことが大切とされる職場であっても、性別が違うというだけで、同じ意見が肯定的に受け入れられやすいということもありますね。
子育てをしていると、周囲の人と良好な関係を築くことを求められることも多く、コミュニケーション能力が磨かれますので、大きな波風を立てずに、周囲を巻き込める人も多いです。
また消費者の半分は女性ですので、男性と女性の両方から意見を出し合うのは、商品開発にも有効でしょう。
LGBTQ
近年、日本社会、企業で急速に理解が深まりつつあるのがLGBTQへの対応です。
LGBTとは性的マイノリティのこと。レズビアン(L)、ゲイ(G)、バイセクシュアル(B)、生まれた性とは異なる性で生きるトランジェスダー(T)の頭文字をとり、LGBTと呼ばれています。電通ダイバーシティ・ラボが取りまとめた「LGBT調査2018」によると、LGBT層に該当する人の割合は、8.9%でした。
そして、近年は、LGBTの4つ以外も含める意味で、最後に「Questioning」と「Queer」の頭文字であるQをつけ「LGBTQ」といった呼び方も目にするようになってきています。
LGBTQフレンドリーな職場作りを考える際に、最初の足がかりとしては、任意団体「work with Pride」が実施している「PRIDE指標」の評価項目に目を通すのは有効でしょう。また結果はレポートとしてまとめられており、受賞企業も紹介されています。ぜひ参考にされてください。
ベンチャーキャピタル業界における収益への影響
最後に興味深い論文がありましたので、ご紹介します。
ダイバーシティの推進が経営、特に財務的な数字にどの程度効果があるのかを分析するのは、非常に多くの因果関係があり、専門家でも容易ではありません。
そういった状況の中で、ハーバード・ビジネス・スクール教授 ポール・ゴンパース氏と同スクール研究員 シルパ・コバリ氏は、組織がフラットで小さく、意思決定権の所在やその成果も比較的明確なベンチャーキャピタル(VC)業界に目をつけ、多様性と業績との関係を調査。
結果を「DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー(2019年4月号)」の『ベンチャーキャピタル業界への調査でわかった「ダイバーシティは明らかに収益に貢献する」』にてまとめています。
(画像引用元:DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー(2019年4月号))
VC業界は、非常に均質な組織であり、運用責任者のうち女性は8%にすぎず、人種的マイノリティの進出度も低く、ヒスパニック系は約2%、黒人は1%にも満たないとのこと。そうした環境の中で、ベンチャーキャピタリストは、別のVCから共同パートナーを選び仕事をします。
同窓生であるパートナーたちによる投資は、出身校が違うパートナーたちの投資よりも、企業買収およびIPO(新規株式公開)の成功率は平均して11.5%低かった。民族性が同じ場合、影響はさらに大きく、相対的な成功率は26.4%下がって32.2%であった。
なんと、測定評価した全ての面において、パートナーが似ていれば似ているほど、投資実績は低い結果が出たそうです。
均質なチームの運用成績が劣っている理由については、以下のように述べています。
興味深いことに、均質なパートナーと、多様なパートナーが選んだプロジェクトは、双方とも投資判断がなされた時点では同じように有望であった。意思決定の質と成果に違いが出てくるのは後の話で、運用責任者たちが戦略構築、人材の採用など、スタートアップが生き残って成長するのに不可欠な努力を支援する段になってのことだった。極めて不透明な競争環境で活躍するためには、これらの分野での創造的思考が欠かせない。多様なパートナーには、それが実現できる態勢がより整っていた。
論文では、多様性のメリットを手にするために、エビデンスに基づく提案も書かれています。興味のある方は、論文をお読みください。
まとめ
ダイバーシティとは、性別や人種、障がいの有無などのカテゴリーでくくった多様性ではなく、個人を尊重することです。そして企業は、個々の能力が最大限に発揮され、多様な視点を生かした組織作りができると、経営面にもプラスの効果が期待できるでしょう。
女性の活躍は、ダイバーシティという面から見ると、一例に過ぎません。しかし、女性の活躍を推進することは、ダイバーシティを推進する足がかりとしては、有効です。女性活躍の次のステップとして、少数派と呼ばれる多くの人たちを含めた全員が活躍し、多様な視点を生かした企業経営を進めていくといいでしょう。