在宅勤務だけが「テレワーク」ではない。モデルオフィスで提唱される「テレワーク」の未来
「東京テレワーク推進センター」(東京都文京区)では、2020年7月にテレワークの体験促進と普及を目的とした「TOKYOテレワーク・モデルオフィス」を多摩地域に3カ所開設しました。この事業の責任者でもあり、自身もテレワークの活用によって8つの名刺を持つ湯田健一郎氏と、緊急事態宣言で急速に広がったテレワークがどのような方向に進んでいくのかを、ブイキューブの間下との対談企画でお届けします。
目次[ 非表示 ][ 表示 ]
東京テレワーク推進センター 事業責任者 湯田健一郎
パソナ、パソナグループ、パソナテック、プロフェリエなど民間企業の他、クラウドソーシング協会といった非営利団体、経済産業省、厚生労働省、総務省などでテレワークマネジャーやアドバイザー、委員なども務めるパラレルワーカー。
多摩エリアに開設された3つの「TOKYOテレワーク・モデルオフィス」とは?
―― 本日は「TOKYOテレワーク・モデルオフィス」の府中オフィスにお伺いしてこの対談を行なっています。東京テレワーク推進センターが多摩エリアに、3つのサテライトオフィスを設置されている背景をご説明いただけますでしょうか?
もともと東京都では、2020年夏に予定されていた大型国際スポーツイベントに向け、交通混雑緩和のため35%を目標としたテレワークの推進施策をとってきました。
その一環として、オフィスにいなくても皆さんが仕事をし続けられる環境を作ることを目的に、府中、国立、東久留米の3箇所にオフィスを開設したのです。
名称がサテライトオフィスではなく“テレワークモデルオフィス”となっているのは「これからの働き方はどうあるべきか」「自宅でも職場でもないサードワークプレイスで働くとはどういうことなのか」を発信していくためです。オフィスのレイアウトを含めて、今までのサテライトオフィスとは異なるどのような工夫ができるのか。「テレキューブ」もそのアイディアの1つという位置づけです。
家では働ける環境が限られていますからね。夫婦でテレワークするといっても、スペース的に制限のある“家”で仕事するのも限界というケースもあるでしょう。中には「お風呂の中でWeb会議をしてみたが音が響いて…」という方もいらっしゃいます。
また、マンションのような集合物件では、物件で共有しているインターネット回線の帯域が逼迫して、パフォーマンスが不十分になってしまうことで、テレワークができる他の場所を探さなければならない…ということも出てきていますよね。
株式会社ブイキューブ 代表取締役社長 間下 直晃
1977年生まれ、慶應義塾大学大学院修了。慶應義塾大学在学中の1998年に、Webソリューション事業を行なう有限会社ブイキューブインターネット(現:株式会社ブイキューブ)を設立。その後、ビジュアルコミュニケーション事業へ転換し、2008年よりWeb会議市場における国内シェアナンバーワンを獲得、その後も13年連続で首位を獲得している。
Evenな社会の実現をミッションに掲げ、大都市一極集中、少子高齢化社会、長時間労働、教育/医療格差など、ビジュアルコミュニケーションを通じて解決し、社会を担うすべての人が機会を平等に得られる社会の実現を目指す。
2013年12月に東京証券取引所マザーズ市場へ上場。2015年7月に東京証券取引所市場第一部へ市場変更。2015年に株式会社センシンロボティクス(旧:株式会社ブイキューブロボティクス)を設立し、ドローンなどのロボティクスを活用したソリューション展開も取り組む。経済同友会副代表幹事、日本の明日を考える研究会委員長。https://jp.vcube.com/
通勤して会社にいく方がパフォーマンスは上がると思っている方も多いと思いますが、実はデータを取ると結構違うということが分かってきています。
単身世帯では「在宅勤務でもパフォーマンスが上がった」と感じている方が多い傾向にあります。一方、間下さんがご指摘のように、世帯があって同居の家族がいらっしゃったり、さらには要介護者の方がいらっしゃったりする場合は、パフォーマンスが下がったというデータも、5月の新聞報道で取り上げられました。
モデルオフィスはそういう方が、都心に通勤することなく、家に近いサテライトオフィスで働きやすくするという、働き方の提案になります。
しかし、ここまで動画を使った通信など、オンラインでの働き方が一般的になるとは思ってもいなかったですよね。
劇的に変わりましたよね。今年1月の段階だと、2020年の夏に向けて少しは変わると思いながらも「実際のところは、たいして変わらないかな?」というのが正直な感想でした。
思っていなかった方向から風がきたという感じですよね。
「テレワーク」=「在宅勤務」という思い込み
―― 緊急事態宣言を受けて、テレワークが急激になし崩し的にも広がった形ですが、テレワークというと在宅勤務のことだと思ってらっしゃる方がまだまだ多いように思えます。
総務省によるテレワークの定義は、「ICTを活用し、場所や時間を有効に活用できる柔軟な働き方」です。皆さんのイメージがどうしても「在宅勤務」に偏ってしまうのはある意味もったいないですよね。
そうですね。テレワーク=在宅勤務だと思っている皆さんは、大きな勘違いをしています。例えば東京本社と大阪支店でWeb会議やテレビ会議を繋いでいるのも、ある種のテレワークです。出先で会社に電話してお知らせすることもテレワーク。特に営業職の方などは、みんなある程度、既にテレワークをやっているんですよね。
「テレワーク=在宅勤務」ではなく、もっと広い意味で捉えてほしいです。
「今後、ICTをどううまく活用するか?」を意識して働き方をデザインしていくときに、どんなツールや利用できる場所があって、どんな組み合わせで会社の新しい働き方文化がつくれるかを知っているかは大きなポイントになってきます。場所のとらえ方は重要ですね。
自宅でも会社でもない、いわゆるサードプレイスですよね。テレワークは僕らも10年以上やっていますが、一番の課題が「場所がない」ということ。場所を探すのにずっと苦労しているんですよね。
それでつくったのが「テレキューブ」です。「電源とWi-Fiがある」「背景のアナウンスやBGMなどの音に邪魔されない」「暑くない・寒くない」といった条件で探すと場所がないんですよね。
オフィスでの“音声問題”は段階的な選択肢で解決すべき
―― このモデルオフィスに「テレキューブ」を設置された背景は何でしょうか?
業務で機密情報を扱っている人もいらっしゃることから「音の配慮」は非常に重要だと思います。とはいえ、全部を個室でしきって作ればいいか、というとそうではない。
皆さん普通に「壁があれば」と思うかもしれないですが、天井まで壁を作るとなると、消防設備としてスプリンクラーが必要になります。他にも換気や電源設置も揃える必要があるなど、いろいろ考える必要があります。
また、冒頭でご説明したように「TOKYOテレワーク・モデルオフィス」では、様々なワークスペース改善のヒントをお伝えする場でもあります。例えば会議室は完璧に遮音ではなくて、防音パネルやサウンとマスキング装置を設置し、会議室の音を室外に聞こえにくくする工夫もしています。
さらに完全に遮音したい場合もあるでしょう。完璧に聞こえなくするのか、人が喋っているけれども中身が聞こえなくすればよいのか、というレベル感に合わせて工夫する視点も有効です。0か100かではないよということですね。
「TOKYOテレワーク・モデルオフィス」の会議室の壁面には
防音パネル(ベージュとグレー)が設置されている
実は、個室を作るコストのほうが「テレキューブ」よりも高いというケースが非常に多いですね。天井まで壁で間仕切りをして個室をつくって防音しようとすると、間仕切りの他に、空調やスプリンクラーの設置などで、かなりお金がかかるんですよね。天井が高ければ高いほどコストがかかります。例えば、銀行のロビーって意外に天井が高いですよね。あそこに防音の箱を作ろうとするとかなり大変です。
―― 上まできっちり壁を作って間仕切りをしていても、結構声が漏れますよね。
防音をきっちりやらないと、隣の音が結構聞こえるんですよね。とあるシェアオフィスでも、テレフォンブースが並んでいたのですが、隣の声が丸聞こえでした。
上の空調から音が抜けていくんですよね。壁に防音が入っていないと抜けてしまいます。部屋が小さいと音がこもるので、余計に漏れます。大きな部屋が並んでいる分には抜けないんですけど。
私自身は、いま働き方改革の推進事業を統括しているのですが、どんどんフリーアドレスやオープンオフィス化が進んでいます。みんなとのコミュニケーションを重視してしっかり話せる空間にしていこう、という流れも重要ですし、同時に機密性をどうするかを解決する必要もあります。「オープンオフィス化が進んでいるなか、安易に部屋を作る」という選択肢以外にも方法があるということを発信したいと思っています。
たまにあるのが「オープン疲れ」という。オープンになって良くなったかと思いきや、たまにこもる場所も欲しいという声もある。フレキシビリティも欲しいんですよね。
高い音の機密性ながら「0密」の環境
―― 「TOKYOテレワーク・モデルオフィス」では、1人用の「ソロ」と2人用の「グループ1型」の2つのタイプの「テレキューブ」が設置されていますね。
どちらのニーズもあると思います。最近はWeb会議が多くなっているため、1人用のほうが稼働率は高いかもしれないと想像しています。
実際に導入されるケースを見ていると、2人用が減ってはいないが、それ以上に1人用のニーズが増えています。Web会議が爆発的に増加しているので。
会社内にも「3密対策」が整ったセキュアな場所を用意していく必要があります。「テレキューブ」は0密なので密がなにもない。そういう環境として、感染対策という目的で導入するということもちらほら聞いていますね。
発想もどんどん変わっていくと思います。出社したほうが危険手当を払うところが出てきているように、狭いところだと菌とか大丈夫?と言われます。
確かに空調の面は「大丈夫なのですか?」とよく聞かれますよね、おそらく「狭い=怖い」というイメージがあるのかもしれないですけど、逆なんですよね。
密閉の「密」があるから気分的にそう感じるのかもしれませんが、実は空調により1分以内に空気は全部入れ替わっているのでいつも新鮮。自分の前に人が入っていたとしても、空気がこもっていることはないのです。
また、実際に入っていただければわかるかと思いますが、2人用も広いです。アクリル板を置いて飛沫を防ぎつつ、環境はきちんとしていて、話がしやすくて、機密も守れますよね。
対面で話す場合も、きちんと距離をキープした上で会話できますよね。
「テレキューブ」(グループ1型)の内部
オフィス空間の多様性だけでなく“家”の作り方の変革も
―― 「TOKYOテレワーク・モデルオフィス」はオープンワークスペースの1つ1つのブースも広いですよね。パソコンとモニターがあっても十分な間口です。コロナの状況もあるので、1席飛ばして、という制限をされていますけれども、それ自体も働き方のご提案なのでしょうか?
その意味合いもあります。働き手からすると、ソーシャルディスタンスをキープした方がいいとは思うものの、一時的に臨席で説明したいという時も出てくると思うんですね。例えばこのオフィスには完璧にパーテーションで切っているブースもあれば、ノーパーテーションのスペースもあります。同僚などチームで来ている場合、オープンワークスペースでお互いの視線が届く環境で仕事をするということも可能です。
―― 湯田さんご自身は多くの肩書を持っていて、時間や場所にとらわれず働くことを体現されていますが、「テレワークのスペシャリスト」からご覧になって、今後の働き方の変革はどのようなところに顕著に現れてくるとお考えですか?
時間をかけて都心のオフィスに出勤する以外の選択肢が出てくると、ご自身の家の作り方も変わるかもしれません。
都市開発や住宅設計のアドバイザーをさせていただく機会もあり、これからの居住空間はどう工夫すべきかをお伝えもさせていただいています。これまでの生活空間で急遽、在宅勤務を始めた方などは、サテライトオフィスなど他の場所で働くことによって、これからの働く環境の整備の工夫点を知り、自分の家にも反映していけると良いですよね。一般的に知られている小学生や中学生になると学習机のレイアウトが変わる製品のように、働く環境の整備の工夫も今後どんどん出てくると思います。
家自体の作りだけではなく、そもそも家をどこに構えるかの選択肢も増えますよね。都心に通える距離でなくても良いわけですから。
リアルに勝るものはない 「会うべき人に会う」「行くべきところに行く」
―― 今回コロナの影響で、家もそうだと思いますが、意識がすごく変わったと思います。実感として、コロナの中で働く人の意識が一番変わったと思うのは何でしょうか?
テレワークやリモートワークをやったことがない人が「やってみちゃった」「やらされちゃった」というケースも多かったと思いますが、やってみたら意外に悪くなかったということに気づいたことではないでしょうか。
「できない」と思い込んでいた人たちが、リモートワークでもいいよねって思うようになったこと。先入観で「会わなきゃ」と思っていた意識が変わったというのが大きいです。
例えば、大臣クラスがWeb会議を積極的に行うようなった。組織のトップが受け入れるようになると現場が使えるようになる。現場が使いたいけど組織のトップが駄目だと使えなくて困っていたところが変わるのは大きいですよね。
皆さんが「できるんだ」と感じられたのが大きいですね。
日本はなかなか変わらないですけど、変わり始めると速い(笑)
一気に変わるのが、面白いところですよね。
――オンラインが一般的になると、その一方で、直接会うことの価値が高くなってくるのではないでしょうか?
私はコロナ禍以前から、もともとすごく移動していました。テレワークもしつつ、会う価値がある方には会いに行っていました。「会うべき人に会う」「行くべきところに行く」ためです。このスタンスが、今後は特にマネジメント層では強くなっていくように思います。
取締役会にリアルで行かないといけない時代は終わりました。社長やエグゼクティブなどのトップは行くべきところに行って仕事をすれば良い。社内の会議はWeb会議、テレビ会議でいいわけです。そういう世の中になったんじゃないかな。
コミュニケーションでは「頻度」や「重要度」の観点が重視されるようになると思います。「頻度を上げて社内のコミュニケーションをする」「重要度が高いところはリアルで会う」というように。
リアルに勝てるものはないですよね。
初期の研修、関係性をつくるところは、直接会ったほうがいい。圧倒的に効率良いですし。そこを含めた「効率」ですよね。
―― 今後、まさに働き方、考え方がまだまだ変わっていく余地があると思いますが、世の中の次のステップはどのようなものであるとお考えでしょうか?
まだまだ、テレワーク自体を効果的にちゃんと使いこなすこと自体ができていないので、次は「使いこなす」ことです。社会制度、法制度のほか、会社内の制度も変えていかないといけないことが多く残っています。ただ、これには十年くらいかかると思っていましたが、この1年でグッと進むと思いますね。
その中で、元々の働き方に戻そうとする企業と、これを機に働き方やパフォーマンスを変えようとする企業に分かれてくるでしょう。
ビジネスや社会の構造を考える際に、生態系には学びが多いです。例えば昆虫は生育の過程で養分を吸収したあとで一回サナギになって固まり、そのあと羽ばたくんですよね。緊急事態宣言が良くなかったと思うのではなくて、サナギの時期だと思い、そこで仕事の仕方を変えたり、どんな世界が広がっているのかを考えたりして「羽ばたいていけるきっかけになったね」と言えるように、社会や企業を変えていけたらいいなと思いますね。